「To a Young Jazz Musician」を読む

Random House Trade Paperback "To a Young Jazz Musician" を読んでゆきます(語句・文法解説付き)

<日本語全訳> ウィントン・マルサリス「若きジャズミュージシャンへ」(出版)ランダムハウス

To all the parents who take their kids to concerts that they don't necessarily like and then wait for the kids to get autograghs, lessons and whatever else.  

我が子を音楽会に連れて行っても、肝心の子供たちが大して喜んでくれず、出演者のサインだの、演奏のコツだのをねだっているのを、会が終わった後待っている、そんな親御さんたちに。  

  

 

When you set out to make a dramatic statement ― make it. Deal with the fallout later.  

大きなことを言いたくなったら、言ってしまえばいい。うまくいかなかったら、その時なんとかすればいい。  

  

  

To a Young Jazz Musician  Random House Trade Paperback Edition  

  

  

プロローグ:第一楽章(前頁)  

若きミュージシャン達、そして生きる意味、目的、そしてブルースの追求。その形式に深く入り込んでゆけば、それは君達自身のこと、そして人生のことについて教えてくれる。ジャズは、僕達の祖国アメリカの魂が持つ、真実の一面に語りかけてくる。そしてジャズは、人間としての君達の本当の姿に語りかけてくるだろう。  

  

1.謙虚であること:2003年6月4日(3ページ)  

自分自身のことを知ることは、一番難しいことの一つだ。そして、自分をコントロールできるかどうかの最初の試験は、謙虚さがあるかどうかだ。謙虚さのある人は、後々、より大きな成長や発展が見られるようになる。謙虚さ:それは物事を学ぶ上での真髄。ミュージシャンが求める真実の世界への扉。  

  

2.人間らしさ:2003年6月18日(15ページ)  

君も、チャーリー・パーカーも、そして僕もそうだが、ジャズは、僕達の内側にある最高のものを表出してくれる。人間らしさ、というものだ。デューク・エリントンは、このことについて上手いことを言った。「他人にとっての二の次になろうとするよりは、自分にとっては自分が一番大事、と考える方がマシだ。」音符は単なる覆うもの、外面。音符が言わんとすることに耳を傾けよう。きっと耳に入ってくる。  

  

3.ルールを語る、自由を歌う:2003年7月2日(31ページ)  

「型にはまりたくない。もっと磨いて、行き着くところを今より広げていくんだ」  

「おや、今より広げた行き着くところ、とは、何のこと?」  

すると彼は言葉が続かなくなってしまった。つまり、行き着くとこを広げる、と言っても、それもまた、はまってしまう型のことであり、今自分が置かれている「手近なところ」の「そのまた向こう側」と、その場所が限られてしまう。そんな物事のとらえ方を、彼自身がしてしまっている、ということに他ならないからだ。型にはまりたくない、という態度が、常に続くようになると、自由というものは、新たな足かせとなってしまう。  

  

4.ジャズを演奏する:2003年7月18日(41ページ)  

音楽の演奏をする上で、4つの土台が必須だ。音楽面での「語彙力」をつけること。サウンドにカリスマ性(人を強く惹きつける魅力)を持たせること。君だけの目標を幾つか定めること。そしてスウィングをモノにすること。ジャズの演奏に、スウィングは必須だ。時間というものの制約を受ける民主主義であり調和であるもの、それがスウィングと呼ばれるもの。  

  

5.自分の立ち位置に対しての思い上がり:2003年8月2日(55ページ)  

自分の真相から逃げてはいけない。鏡を見てみろ。君が世の中でいつも確かなものと思っていることを、鏡は全て打ち砕く。誰もが、自分にとっての真実だけしか認めたくないものだ。ジャズ音楽の持つ力は、君を君自身の根っこの奥深くへといざない、そことの結びつきを保ってくれる。自分の立ち位置に対しての思い上がりの心から抜け出し、音楽のサウンドを純粋に愛する心へと行き着いてほしい。そして、君が名人達人の音楽から聞き取った、形のない、一貫した美しさについて、君だけが手にする美しさというものを、今度は追い求めてゆくことだ。  

  

6.門番は誰が:2003年8月14日(67ページ)  

どうしてこの音楽(ジャズ)にある真相から逃げようとするのだろう。人種、ジャズ、そしてアメリカについての、へんてこな会話。僕達の文化は、歯止めの効かない堕落と共に、きちんとした知性の在り方の衰退を経験している。堕落の程度が大きくなると、これと戦う「勇敢さ」も、より高いレベルが求められてくる。何せ、その報酬が、割に合わないからだ。  

  

7.音楽とモラル:2003年8月31日(77ページ)  

君自身がミュージシャンとしての立場や在り様を明確に打ち出しておかねばならない文化が有る環境にいて、君が心にしっかりと抱く信念が、ある時不誠実さと衝突することになったら、どうなるか?スポンサーやプロモーション会社に、あるいは学者さん達に、ヘコヘコして、そして売れればいい、あるいは高い評価を論じてもらえればいい。そんなのよくある話だ。だって、その分の報酬や見返りがはっきりしている。でも、君自身の未熟さにすり寄ってしまったら、間違いなく根性が腐ってゆく。君が指回しが苦手だからといって、早い指回しの演奏を否定する。君がゆっくりの曲が演奏できないからと言って、バラードなんて演奏する価値はないと言う。転調が苦手だからといって、転調なんて時代遅れだと言う。自由な感じの流動的な表現形式に対応できないからと言って、それを否定する。これって、音楽にはモラルの概念がないから、起きてくる、というのが事の核心だと僕は思う。  

  

8.前へ動かすこと、新しい、新しいこと:2003年9月10日(89ページ)  

僕達の大半は、芸術を前へ動かすことはしない。僕達の挑戦は、独自の世界の創造にある。モダンジャズを教える上での核心にある、ひどく有害な誤った認識だ。  

  

9.大草原に独り立つ男:2003年9月22日(99ページ)  

僕達には治療してくれる人が必要だ。音楽と人生について話さなくっちゃ。だって結局は、この2つは一体だからね。全ては、君が文化を、どう治療してゆくかに回帰する。患者さんは一人ずつ診てゆこう。まずは君自身から。  

  

10.喜びに心は躍る:2003年9月28日(109ページ)  

友人達、バンドのメンバー達、男も女も、ツアーも - さて、何かが君に、この世の喜びをもたらすぞ。  

 

 

 

  

 

プロローグ 第一楽章:  

  

(xviiページ)  

電話で話すのもいいけれど、手紙は残るから好きだ。手紙に込められた愛情が僕は大好きだ。時間を割いて手紙を書いた2人の間に通う、ぬくもりのあるコミュニケーション。バンドの仲間が並ぶ処でのやりとりを思い出す。まだ若いジャズミュージシャンに語りかける方法として、これ以上のものなんてあるだろうか?演奏録音のように、紙の上に保存されている、人々の言葉こそ、最高さ。今でも全て思いおこす。最高のミュージシャン達からの教えを。アート・ブレイキー、ディジー、、スイーツ、ジョン・ルイスジェリー・マリガン、サラ・ボーン、ダニー・バーカー。今でも耳に残っている。今は亡き多くの偉大な人達との、僕を育ててくれた素晴らしい言葉のやり取りを。サー・ローランド・ハンナ、マイルス、レイ・ブラウン、もう数えきれないくらいだ。僕は彼らから、沢山話を聞いて、そして素晴らしい教えを直接受けてきている。かけがえのない教訓だ。数々の深みのある言葉だ。でもいくつかは、時が経ち、記憶力の悪さで、薄らいでしまっている。彼らから手紙でももらっておくべきだったよ。  

  

(xviiiページ)  

アメリカ国内、そして世界中を旅していると、色々な人々に会う。中には、自分たちの個人的なことを話し、僕の経歴や経験について話を返したりするのが、大好きな人々がいる。僕は前から、ずっとやりたいと思っていたことがある。それは僕のこれまでの経験の中から考えたことと、それを聞いた人々の反応に触発されて思ったことを、本のような形にまとめてみて、若手のミュージシャン達の悩みに答えられるようにしてみよう、というものだ。世界中のどこの若手ミュージシャン達も、決まって知りたがるのは、意味とか意義といった内容だ。君はそうは思わないかもしれない。この子達は、大抵技術的なことを質問するのでは?と。でもそういう情報はそこいら中に溢れている。彼らは僕から、意味とか意義を聞き出したいようだ。「知り合いのミュージシャンは誰か」「彼らはどんなことを言ったか」「アート・ブレイキーとの共演はどうだったか」「自分らしくやっていきたいが大丈夫か」わかるだろう?こういうことを若手ミュージシャン達は知りたいんだ。自分らしくやっていって大丈夫か?ミュージシャンとしても、人としても。  

  

僕が人に教える時は、幾つか答えを与えてあげている。「勿論、君の好きなようにやって大丈夫。そしてそれだけでなくて、今の君は、ポテンシャルも含めて、君自身で築き上げた最高傑作なんだから。」同時に僕なりのジャズに対する感性も伝えようとする。僕なりに理解している、ジャズの目的や意味をね。他のプレーヤー達と演奏する、単に人々と話をする、そうした中で、一人一人が、人生に対し異なる目的を持っていることに気付くだろう。人それぞれ考え、信じ、感じる特有の思い、というやつだ。  

  

(xixページ)  

芸術をより深く追及してゆくと、自分自身のことや生き方が次々と見えてくるのは、このためだ。芸術は精神世界を語る。そしてジャズは、アメリカの精神世界を語る。ジャズは、僕達の祖国アメリカの魂が持つ真実の一面に語りかけてくる。そしてジャズは、人間としての君達の魂の本当の姿に語りかけてくるだろう。ジャズの中にある教えといったものをよく見てみれば、行き着くところ、音楽の目指すものが自分の目指すもののように見えてくる。その時君は、音楽で目指すものと国家が目指すものが一致していることに気付くはず。インプロバイズする、ということは、自分を取り巻く環境を良くしてゆこうと、自分の持てる力を知的に使ってゆく方法を作り出す、ということ。スウィングする、ということは、心の平静さをエレガントなやり方で保ち、そして快活な心持でいる、ということ。そしてブルースを演奏する、ということは、どんな悲惨な状況であっても、気品を持ってこれを乗り越える力をつけるということ。ブルースは、人の意志の大切さを物語る。「今はだめでも、必ず立ち直るぞ。」これはダメ「今はダメだ。このままで仕方ない。」そんなことをしてしまったら、ブルースとは言わない。「ブルーな痣」でしかない。「立ち直るぞ」があるからこその「ブルース」だ。  

  

では後ほどまた。  

  

(解説)  

improviseインプロバイズする(アドリブ) improvisationインプロバイゼーション  

  

 

1.謙虚であること 2003年6月4日  

  

(3ページ)  

親愛なるアンソニーへ  

今日は、君も一緒に来ればよかったのに、と思う一日だった。丁度メイン州へ来たところだ。ここで公演があったのでね。やることは普段通り。ホテルにチェックインして、会場に向かって音響チェック。ホテルへ戻って本番用に着替え。そうそう、ここの名物のロブスターが美味しい店も探した。それから地元の子供たちと、演奏について話す機会があった。高校生の年齢だったから、君よりちょっと年下になる。学校の講堂は人で満員だった。お父さん達、お母さん達、兄弟姉妹に従妹まで、という感じだった。その「地元の子供達」というのは、学校のジャズバンドのメンバーで、満員の人達は、皆、その子供たちを見に来ていた、というわけだ。演奏は良かった。本当に心を込めて演奏しているのが、耳に伝わってきて感動した。また、子供達が頑張って少しでも良い演奏をしようと、集中してメンバー同士音を聴き合っている姿を見て感動した。それから、その子供達の辛い努力の成果が披露されるのを満喫したご家族の皆さんが、その子供達に対して誇りと期待をあふれんばかりに注いでいるのを感じ取れたのが、とても好感をもった。ドラムの子が必見だった。15歳の子。クールに振る舞っているのがひしひしと伝わってきたものだから、僕らメンバーは彼のことを「アイス」と呼んだ。なかなかイイ感じではあったけれど、スウィングが全然様になっていなかった。演奏後、シメに、僕はいつも通りの言葉をかけた。やる気を保つこと、分奏・合奏をしっかりやること、そして練習をさぼらないこと。時々思うのだけれど、はたして「練習しなさい」と言うだけで十分なのだろうか?練習する。で、何を?あの子供達と「話をしていて、誰かがジョン・コルトレーンに質問したことを思い出した。「トレーンは、いつ練習しているの?」彼はこう答えた「何か手についたら、それが練習さ」とね。  

  

(4ページ)  

ま、とにかく君は、ひたすら曲を吹きまくり給え。とことん、毎晩でもね。そうすれば、多くの曲数をこなすことになるだろう。プロの奏者たちは経験を積んでいるからこそ、変化に対応できる術を知り、そして多種多様なレパートリーをこなす。しかし君や、メイン週の子供達には、コルトレーンほどの経験値は、まだない。つまり、練習する、というのは、コルトレーンが言う「何か」を練習する、ということなんだ。「何か」とは、サウンドのことだったり、スウィングを磨くことだったり、ソロの組み立てを考えることだったり、ベースラインをじっくり聴くことだって、それに含まれる。肝心なのは、「何か」を、どんな時でも練習することだ。ぼんやりして「何か」が発生するのを待っていてはダメだ。その「何か」は、いつだって君の傍にある。  

  

この最初の手紙で何を書こうか、時間をかけて考えた。そして、謙虚さとは何か、についてにしようと決めた。君は、自分のことを謙虚だと思っているか?真面目に考えたことあるか?僕に言わせれば、謙虚さとは、ジャズミュージシャンにとっては、目標にウソがなく、そして明確なものになる扉であり、それはつまり、学ぶ力の扉、ということだ。詳しく見てゆこう。  

  

(5ページ)  

演奏し始める時には、目標がないといけない。何を演奏するか、なぜそれを演奏するか、どの様に聞かせたいか、そのためのサウンドをどうやって作り出すか。こういったことが頭の中で明確になると、一人で練習しやすくなる。そして結局はそこなんだよ。演奏の仕方をイチから教えることなんてことは、誰もしてくれないからね。  

  

僕はこれまで幸運に恵まれてきている。この仕事を始めた早い段階から、偉大なミュージシャン達が周りにいる中で過ごしてきた。アート・ブレーキーもその一人だ。きっと君は僕にこんな質問をするだろう「アート・ブレーキーは何を教えてくれたか?」そしたら僕は「何も教えてくれなかった」と答えるだろう。僕なりに君の質問の意図を解釈してね。「音階を吹いてごらん」とか「そこはソの音がいい」とかいうことは、アートは言わなかった。例えば君がアートの前で吹いて見せたとして、アートはきっとこんな風に言うだろう「もっと荒々しく」とか。あるいはツカツカと寄ってきて「ウソ吹いてらぁ」教わるとしたらそんなことだね。どういう意味か?ウソを吹くな、ということさ。それがアート。それが彼の教え。彼の演奏を聞いてごらん。いつだって最大限の集中力を発揮して演奏している。  

  

最近、大学卒のジャズミュージシャンの数が、だんだん増えている。でもこういった学校の多くは、音階や練習曲を弾かせたり、ハーモニーを書かせたり、ということに重きを置きすぎているんだ。君も何度も耳にしたことがあるだろう。ある年配者のボヤキを。「こいつら若造どもは、ただ速いだけで、意味のないことしか弾けやしない」とね。こんなことがあると、学校でのジャズ教育の価値を疑問視する人が出てきてしまう。本当は、その学校それぞれの価値を疑問視するべきなのにね。「技術的な課題を幾つかこなしきることが、実際の演奏というものだ」と、子供達は間違えた教育を受けて信じ込んでいる。小手先の技術の方が中身より大事、というわけだ。多くの学術論文のように、大した中身もないのに難しい言葉ばかり並びたてて、結局「何それ?」の一言で片づけられてしまう、みたいなね。  

  

(6ページ)  

もし君が機械工学を学ぼうと思えば、大学ではまず何らかの基礎・基本的な専門技術の知識から入ってゆくだろう。ジャズの大学では、意味のない音階だの和声だの速いパッセージの例だのを集めて、いつまでもクドクド論じるようなことは、応用発展段階のカリキュラム構成には組み込まれない。こういった小手先の技術を学んでも、音楽家としての心構えとか、個々の向かうべき方向性とかを育むために、君がたどり着かなくてはいけない段階には行けない。君が心に抱くものを進化させることもなければ、君ならではの力を発揮させることもない。  

  

実は、これは君自身も無意識にはまるかもしれない、様々な状況についても非常に密接な関係がある。自分ならではの力を、どのように発揮するか?人間関係を作ろうとする場面では、大抵、君がわがままに振る舞うことなく、どのようにそこに加わってゆこうとしているかを、言葉に出して約束することが求められる。ジャズでは、「自分ならではの力」とは、君の持つ独創性のことだ。君が楽器を通して苦労して自分のものにしてきた成果を、まとめあげ、クリアな表情をつけ、そして音にする。この時、「自分ならではの力を発揮した」ことになるんだ。  

  

学校の授業で、ある作品に取り組むことになったとしよう。君はその曲を何千回と繰り返し演奏するわけだ。そのうちウンザリして「ったくダメだこりゃ」などと呟くことことになる。それが成績に関係があるとなると、2・3年はそれをすることになる。ひょっとしたら卒業してもなお僕の年になる位までまだ続くかもしれないけどね。果てしなく続けるのもいいけれど、そうでなかったら、他をあたるのもいいだろう。「他」とは「発展性」のことだ。発展性は無限だ。だからこそ、音楽は永遠の命を持っているんだ。リズムセクション一つをとってみても分かる。テンポを上げ下げするもよし、ソロを際立たせるもよし、グルーブを変化させるのもよし。そしてソリストである君は、彼らとセッションをする中で、君自身も様々なことができることに気づくだろう。ドラム奏者とやり取りするもよし、転調するもよし、やれそうなことは数限りない。  

  

(7ページ)  

折角独創性があっても何もしない、なんてことにもなりかねない。そうしたら、僕の年になって、世界中へ演奏に出かけても、1940年代終盤からずっと演奏され続けている、目新しさのない基本パターンにしがみつく人たちと一緒になることになる。メロディは、というと、ダラダラした音の羅列、これではソロは長くかったるくなる(本当は魅力的に吹ける力があっても)そしてベースのソロが続く、おなじみのパターンだ。皆、何の変哲もない吹き方を自分独自のやり方に変えて演奏するんだ。今この瞬間から始めよう。平凡さに甘んじるな。君だけの表情をつけるために、音楽の無限の自由さを発揮するんだ。自分を抑えるな。使い古されたやり方を、いつまでも一晩中、同じパターンで吹いていたらダメだ。君の創意工夫、独創性を使いこなしてみろよ。  

  

それには、君の能力や持ちネタを、いくつか更に発展させないといけない。能力やネタがあって、自分が挑戦しようとしていることを理解しているなら、演奏中は自由に試したらいい。初めのうちはヒドイ演奏になるだろうけれど、自分の考えをしっかり持って取り組んでいるのだから、やり遂げることになるだろう。他との違いを出そうとするなら、他とは違うことをやらないといけない。それにはまず、発想の転換だ。ちゃんと自分が納得するやり方でね。  

  

(8ページ)  

  

君の好きなミュージシャンについて話そう。チャーリー・パーカーのことだ。チャーリー・パーカーは、よく「ジャズ・アット・ザ・フィルハーモニック」で、錚々たるミュージシャン達と演奏を披露していた。その時はいつも、他のプレーヤー達は、彼のバックで耳障りなリフを掻き鳴らしたものだった。彼はそれを嫌がったけれど、とにかく他のプレーヤー達はそうしていた。なぜか?多分、彼らは無意識に、演奏に拒否反応が起きてしまったんだ。ある種、追い立てられているような不安な気持ちを、掻き立てられたのだろう。彼の演奏がもたらす重圧とは、付き合いたくなかった。別に意図的に、「偉そうに吹きまくりやがって。このリフで追い出してやろうぜ」などと思ったわけではない。多分それは、本物の天才と共演することのプレッシャーが、そうさせたのだろう。  

  

パーカーの音楽は、独特の内容を持っていた。アメリカ中西部にそのルーツを持つ音楽で、カンザスシティーブルースと呼ばれている。そしてメロディの速弾きのすごさ、テクニックは、完璧で明確、シャッフルリズムの演奏の仕方は、サックス奏者の大御所・レスター・ヤングとは全く異なっていた。バード(チャーリー・パーカー)は偉大なミュージシャンだったし、音楽の考え方は独特のものだったけれど、演奏内容や方向性は、明快だった。チャーリー・パーカーが初期に音楽の素材として、ブルース、アメリカの流行歌、そしてこの作品形式をを用いた自作のモチーフを数多く使ったのは、このためだったんだ。  

  

しかしある時点から、こういった根底にあるものは、彼の後に続く者達にとっては、どうでもいいものになってしまったんだ。何と説明したらいいだろう。、そう、例えば何十万円ものスーツを着ている人がいるとしよう。どうしても、その人よりもスーツの方に目が行ってしまうだろう。チャーリー・パーカーの表面上のスタイルは、指回しの速さだったし、そして、どうしてもそちらに耳が行ってしまうくらいだった。その内側にあって、洗練された演奏が求められる、ソウルフルなメロディ、ブルース、あの独特なスウィング、その他のごまかしのない表現の数々といったものが、かすんでしまった。わかるかな?耳を奪われるような指回しに、本当に耳を奪われてしまった、というわけだ。  

  

(9ページ)  

  

根底にあるものが失われてしまったら、新しいものを生み出すことは不可能になってしまう。せいぜい、全然違う意味を持つ、別の形のものしか作れないのが関の山だ。この手紙でここまでイノベーションということを書いてきたけれど、今の世の中これだけ才能のある人達が沢山出てきていることを考えると、僕達は聴くべきものが、まだまだ沢山ある。若手のジャズミュージシャン達には、アメリカ音楽という大地の、深いところまで潜ってもらいたい。そこには、糧となるものが沢山埋まっているからね。パーカーやルイ・アームストロング、あるいはエロール・ガーナ―のやり方を上っ面だけ真似しても、人々を感動させることはできない。もう亡くなってしまったけれど、大作曲家のジョン・ルイスが、僕に一度こんなことを教えてくれた。彼はよく、チャーリー・パーカーのライブを聴きに行くと、会場では、ありとあらゆる人達が、演奏を聞き入っていたそうだ。港で働く人々、お巡りさん達、皆、彼のサウンドに心を動かされていた。ルイスは家路を急いでいた処で、たまたまクラブをちょこっと覗いてみようかな、くらいの気分だったが、チャーリー・パーカーの演奏があまりにもすごくて、結局そこに居座ってしまったそうだ。  

   

チャーリー・パーカーについて教える、となると、そこがポイントだ。この、周りとの関係を彼にもたらしたのは何か?彼の演奏に、こんな力を与えたのは何か?それをおぼえれば、あるいは、その一部分でも頭に入れば、合格だ。耳を奪うようなスタイルなんて、後回しにすればいい。パーカーが台頭してから後、演奏は中身よりもスタイル、目的よりも慣行、という時代が来た。「慣行」とは、「みんながやっているか・・・」とうことだし、音楽の形式が持つ本来の目的を考えて、それを実行に移す、ということとは、一緒くたにしてはいけない。例えばチャーリー・パーカーが台頭してから後、皆、自分の楽器で彼のメロディを演奏しようとし始めた。トロンボーン奏者、ベーシスト、ピアニスト、皆、チャーリー・パーカーがサックスでしたことを、自分の楽器でやってみたくなった。実際、そのスタイルで多くのピアニスト達は素晴らしい演奏をした。でも、ピアノの最大の強みは、複数のメロディを同時に弾き鳴らすことだろう。それだったら、チャーリー・パーカーが、サックスという単音楽器で聞かせていたから、という理由で、ピアニスト達はもう誰も両手を広げて鍵盤を弾かなくなるのだろうか。あるいは、ニューオーリンズジャズの、3本の管楽器を使った対位法にしても、チャーリー・パーカーがその作曲法を用いなかったから、という理由で、何の値打もなくなってしまうのだろうか。あるいは、時代遅れ、と言われてしまうのだろうか。わかるかな?物事のある部分を、それが全てだ、と言わんばかりに、何も考えずに追従していることは問題だ、ということが。自分は、ただの野次馬の一人か、それともミュージシャンか、よく考えることだ。  

  

(10ページ)  

  

年齢を重ねてゆくにつれて、一番大変になってくるのが、自分のことをしっかりと自覚する、ということだ。僕達ミュージシャン達の場合で言うなら、君が考える以上に難しいことなんだ。自分は何を演奏するのか、自分の演奏はこれからどう進化してゆくのか、他のプレーヤー達とどう演奏するか。チャーリー・パーカーのバックで演奏していた、あのスタープレーヤー達と全く同じように、耳障りなリフを弾き鳴らすのか。ある大物プレーヤーが言っていた「バード(チャーリー・パーカー)の邪魔をしてやれ」「演奏をメチャクチャにしてやれ」とね。まず、自分のことを良く知ること。そして、それができたかどうかを最初に試されるのが、謙虚さがあるかどうか、なんだ。本当の意味での謙虚さ。自分のことをじっと見つめれば、きっとこう言ってしまうはず「やれやれ、もうこれ以上、下手な自分はイヤだ。上手になりたいよ」とね。自分が謙虚さを身に付けるのに、僕は君にどうこうするわけではないし、君の友人達だって、君の彼女だって、何をするわけではない。世の中、謙虚さというものが、確かに足りないと思うよ。  

  

(11ページ)  

  

その人に本当の意味での謙虚さがあるかどうか、見極める方法を君は知っているかい?僕は、ひとつはこれだろう、という単純な方法を知っている。人は、常に周りを観察し、人の話をよく聴くからこそ、謙虚さに磨きがかかってゆく。「自分は分かっている」という気持ちなど、持ち合わせてはいないんだ。何百人、もしかしたら何千人という、僕がこれまでに一緒に仕事をしたことのあるミュージシャン達のうち、本当にこの人は成長し続けている、と僕が見込んだのは、8人か9人位しかいない。それは、この20~25年間の話だ。彼らが15歳の時とかその位の頃に音を聞いて、「これは信じ難い優秀なヤツだ」と思う。そして人生のありとあらゆる試練と対峙して、そして彼らが25・26歳位になる頃に音を聞いて、僕が思ってしまうことと言いうと「何があったの?あれだけの能力・天性・創造力を持っていたのに、10年経ってこの程度に終わっているのか?」世の中本当に厳しいと思うよ。  

  

大事なことが分かっただろう、アンソニー。何度でもいうが、物事を学ぶためには、そして学ぶことを好きになるためには、謙虚な気持ちに磨きをかけなくてはいけない。謙虚さは、横柄という心の目隠しをぶっ壊す。だから学ぶ気持ちが生まれる。そうすれば、何もしなくても、真実は自ずと解き明かされてゆく。横柄さで、自分の足を自分で引っ張らないこと。君なら気付くはずだ。全ては君自身の問題だ。学ぶ気持ちが、生まれるのも死んでしまうのも、学校も僕も関係ない。君を鍛えるその主役は、君自身でなければならない。それが飲み込めれば、「学ぶ」とは、「目標達成のための必須条件を解明すること」だとわかるかず。くどいようだが、自分の面倒を自分で見る大切さを、僕は君に分かってもらいたいんだ。  

  

(12ページ)  

  

授業に来ない人たちがいる。本当は、学校に行きたくないんだ。でもそんなことは、お先生にも関係のないことだ。時間やチャンスを失うのは、君自身なのだから。これが仕事だったらどうなるか。午前9時に出社するように言われていたのに、あるいは、金曜日までには書類を提出するように言われていたのに、それをしない。そしたら会社は君を辞めさせる。会社にしてみれば、「なぜ提示に出社しないのか」と聞く気はないからだ。裏切り行為をされて喪失感を感じるのは、君の両親とか、両親並に君を思ってくれるような人々くらいだろう。  

  

実生活ではそうはいかない。ジャズミュージシャンとしてやっていくのも同じ。他人は君の事情などわからないし、気にも留めない。彼らは苦労して稼いだ自分達のお金は、自分達の聴きたい音楽を聴きに行くことに使いたいんんだ。「私のために時間を割いてでも聴きに来たい、と人に思わせるような刺激的な演奏ができるようになるために、この難しい曲の弾き方を身に付けて、音色に磨きをかける、それをやったら辛くて死んじゃうかな?私って結局何をしたいんだろう?人に生きる喜びを感じさせるような「何か」を、私って持っているのかな?」その答えは、自分で責任をもって出さないといけない。  

  

これを実行するのは大変だ。この道を行くのは大変だ。物事に敬意を払い、自分の決意を貫くことが必要だ。そしてそれを可能にするのが、謙虚さだ。よく聞いてほしい。ロートルだろうと、君のような19歳の人間だろうと、さっきの話に出てきたメイン州の高校生達だろうと、ジャズミュージシャンとして、皆やるべきことは同じ。まともな大人としての物事への取り組みだ。真剣に向き合うこと。だって、その「やるべきこと」も、君に対して真剣に向き合ってくるのだから。  

スウィングの精神でね。  

  

 

 

 

2.人間らしさ 2003年6月18日  

  

(15ページ)  

  

親愛なるアンソニーへ  

  

君に伝えなければいけないことが、頭の中に沢山浮かんでいるところだ。今日は、沢山書いてゆこうと思う。名人・チャーリー・パーカーにまつわる、更に多くの教えや、僕自身のミュージシャンとして生きてきた中からの話、それから今日は、Pで始まる3つの単語 - 辛抱すること(patience)、粘り強くあること(persistence)、そして建設的に物を生み出す力のこと(productivity)- について。ジャズを上手に演奏しようとするなら、勿論、手紙を書く時も、この3つの単語については、しっかりとつかんでおかないといけない。だから、僕の手紙を書くペースが、君よりノロマだとしても、イライラしないこと。バスでの移動やサウンドチェック、そして本番の合間を見て、手紙を取り出しては2・3行ずつでも君宛てに書くことを約束するよ。君が人生を満喫したい気持ちは分かっているよ。だから君が知っておくべきことを、いくつか君に示してもいいかもしれない、と思っているんだ。面倒なものの言い方はしない。君と僕との間で、いくつか思うことを、行ったり来たりやり取りしよう。形式的な物の言い方や威圧的な態度は、全てありえないこと。なぜなら、そう言い方や態度を取らないことが、ジャズの作り方だからさ。人生のこと、それから音楽のことについて、僕の思いを伝えてゆくし、なぜなら、人生のことも音楽のことも、この二つは結局同じことなんだ。ところで話は変わるけれど、ニューヨークに来たら僕の家を訪ねてもいいか、君は知りたがっていたよね。勿論OKさ。我が家はいつでも人でいっぱいだ。僕は戻る時は片付けを皆でするから。そうそう、前もって電話をかけるようなことはしないこと。ふらりと来るように。でないと僕には会えない、と思っていてくれ。  

  

(16ページ)  

  

では、これら3つのPで始まる単語について話そう。まずは何と言っても、辛抱(patience)だ。辛抱があれば、立ちはだかる多くのドアを通って、その中へと入ってゆける。辛抱は、君自身の成長曲線を描く上で欠かせない。仲間のミュージシャン達とやってゆく上でも必要だ。彼らの多くは真剣味が足りないだろうから。批評家達に対しても、辛抱。芸術に無関心な友達にも辛抱。ほらね、こうして見るとジャズでは他人との関わりが不可欠なんだ。自分の好きなペースで自分のことに夢中になってみたり、自己陶酔になったりなど、ありえないことだ。ジャズは、音楽を通した他人とのやりとりだからだ。  

  

粘り強さ(persistence)。ジャズを演奏する、ということは、自分を信じられない気持ちと、様々な試練に満ちた人生だ。それは決して消えはしない。ただ形を変えてゆくだけ。だからこそ、粘り強さは必要なんだ。この道を一旦選んだら、そこで生きてゆくことになる。決して楽にはならない。人気が上がろうが、お金を稼ごうが、関係ない。なぜなら、何かを生み出すということ、そのためのテンションを保つこと、これはお金では買えないし、誰かに励ましてもらうこともできない。プレッシャーは君を押し潰し続ける。粘り強さがあれば、押し返すことができる。  

  

(17ページ)  

  

建設的なこと(productive)。今の取り組みは、未来にモノをいう。僕は故郷のルイジアナ州ケナーにいたころ、フットボールを一緒にやった友人が一人いる。僕達のチーム仲間は、試合前になると、移動車の中で、試合に臨んでの大口をたたき合っていたものだった。しかし、この友人だけは、チームの誰かがミスをやらかすまでは、じっとしていた。ボールを落としたり、反則の旗を降られたり、相手のパスを奪い損ねたり、タックルに失敗したりして、チームに迷惑をかけたとする。するとその友人は、ベンチへゆっくりと歩み寄り、下をうつむいているそいつのヘルメットを覗きこんで、思い切り大きな声でこう叫んだ「クヤシー!今に見てろ!」すると僕達は笑ったものだった。ミスをやらかした気まずさを、打ち壊してくれたからね。でもこの友人は、こうすることでミスをした仲間に、こう気づかせたんだ:立ち直れ、自分で取り返せ、今やれ、お前ならできるだろう、とね。分かるだろう。人生においても、いつでもあることだ。ソロで間違える。気まずい人間関係を引き起こしてしまう。そうしたらどう立て直すか。「今に見ていろ!」何があっても建設的であり続けること。  

  

ニューヨークへ来てジャズミュージシャンとしてやってゆこうと思うなら、多少の失敗は覚悟しておくことだ。僕がニューヨークへ進出した時のことは、今でも忘れないよ。既に前評判が広がっていた。「ニューオーリンズから吹ける子が来ているぞ。ここへきてジャズを演奏するってさ」僕はハーレムのレッド・ルースターへジャムセッションをしに来ていた。一緒に来ていたトランペット吹きが一人いて、バッキー・ソープと言った。当時活躍中の人だった。そしてトム・ブラウンが、このジャムセッションにいた。トム・ブラウンは既に発表の「ファンキン・フォー・ジャマイカ」がヒットしていた。僕は思っていた「ふざけた演奏だ。素人が趣味で吹いているようなもんだ。リモコン機を飛ばして遊ぶようなマネを、ここでしている。これではとてもダメだ。ここでビシッと決めてやろう」そして、レッド・ルースターの他のプレーヤー達、僕より年上のプレーヤー達も、同じことを後で口にすることになった。当時僕は17歳だったんだ。  

  

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さて、レッド・ルースターの中へ入ってゆくと、共演者達が言った「これがニューオーリンズの名人さんか!ウチらのダサい曲をビシッと引き締めてくれることになっている。それじゃ、トム・ブラウンと一緒にやってもらおう。」僕は自分の楽器を取り出した。そして、・・・あろうことか、僕は彼に散々に打ち負かされてしまったんだ。演奏を終えると、彼はこんな風に言いたそうに僕を見つめた「君、ちゃんとやれるんじゃなかったの?」そして、僕より年上の共演者達の一人が、演奏前、僕の背中をしっかり押してくれた人達の一人が、やれやれと首を振ってこう言った「使えるヤツだって言うから乗せてやったのに、かんべんしてくれよ。」  

  

しかし、これは僕にとってかけがえのない経験となった。僕が気付かされたこと、それは、自分の思い込みや見かけがどうか、は要らない、実際の姿をつかめ、ということだった。その時は、僕はトムに完敗したんだ。「ファンキー・フォー・ジャマイカ」にしろ、どの曲にしろ、僕がファンク音楽をどう思い込んでいようが、実際演奏が始まってしまえば、彼は僕の上を行っていた。僕は大切なことに気付かされた。  

  

別の時のこと。メル・ルイスのバンドに参加した時の話だ。その時も演奏前に同じようなことを囁かれた「この子がニューオーリンズからきた天才少年だ」彼は僕に、ラストナンバーまで吹かせなかった。そしたらラストに彼はD♭マイナーのシャッフルリズムの曲を、高らかに演奏し始めた。僕はD♭マイナーの曲なんて吹いたことがなかったし、だいいち、その曲自体、僕の知らないものだった。ひたすら醜態をさらした。  

  

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演奏後、誰も僕に話しかけてくれはしなかった。共演者達は楽器をケースに片づけて、ルイスは「まったく冗談じゃないよ」と言わんばかりに首を振った。これが僕に伝えられたメッセージ、というわけだ。悲しすぎてニューヨークに居られない。気持ちは沈んだ。自分が取り組むことは、全て、人生のかけがえのない瞬間、といつも思う傾向にあるものだからね。「1か月もたっていないのに打ちのめされた。この人と一緒に演奏する為にニューヨークへ来たのに。今では僕の顔すら見てくれない。」故郷のニューオーリンズでは、僕は評価されているんだ。そう思うと、ニューオーリンズへ戻りたくなった。しかしその時、僕はある旧友のことを思い出した「そら見ろ、バーカ!」41歳の今でも、当時の様なことがあると、この男のことを思い出す。だから僕は、翌朝D♭マイナーの練習に取り掛かったよ。  

  

このコンサートツアーに出かける前に、君と会話したことで、「道」について考えている。まずは、今乗っているツアーバスと、今後走る「行程」。それから君がジャズを学ぶために通ってゆく「道程」。その「道程」がどのようなものか、解き明かされなければいけない、と君は思い詰めているようだね。だって、最初の君からの手紙には質問がぎっしり詰め込まれているからね。まぁ、その好奇心は君にとってプラスに働くことにはなるけれど、壁にぶつかったときにフラストレーションがたまることになる。答えはいつも出てくる、とは限らない。なぜなら音楽を学ぶ上で、多くのことをしっかりと納得するためには、物事の全体像や背景を理解しようとすることが欠かせないからだ。君はいつも、意味とか形式とかを求めてくる。ここになぜこれがあるのか?これが作用する目的は何か?突き詰めてゆくと、君は自分の演奏には、目的を持たせたいと思っている、ということだ。ランダムに聞こえるものも、計算し尽くしてランダムに聞こえるようにしたい、と思っている。「あれ?!そんなつもりはなかったのに。大丈夫かな。」などというのは、君は嫌うだろう。物事を身に付けようと思うなら、分かっていないなどということは、ありえない。それで済まされるなら、名人達人はもっと沢山現れるだろうし、君も情報収集に走り回る必要はなくなるだろう。  

  

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君は僕に、チャーリー・パーカーの音楽が大好きでリスペクトしている、と言ったことがある。チャーリー・パーカーは物事に取り組む根っこの部分において、天才というべき人だったんだ。ありとあらゆる自分の抱える課題に向き合う上で、生きることの意味を考えていた。そして彼が自分に課した目標:技術の卓越さ、考察の迅速さ、表現の深さ、これらは常に「どうだ」と言わんばかりに突きつけられてくる。いことを教えてあげよう。君はミュージシャンとして成長するほど、チャーリー・パーカーへの理解も、そして彼の演奏の聞こえ方も、深まってゆくだろう。彼をもっと好きになるだろう。  

 

チャーリー・パーカーの演奏について、一番大事なことを教えよう。それは、君自身の物事に対する感性に自信を持て、ということだ。チャーリー・パーカーチャーリー・パーカーを演奏したのであって、ビーバップを演奏したのではない、ということだ。人はよく、彼はビーバップを演奏した、と言うけれど、彼は自分自身の音楽を表現したに過ぎない。ミュージシャンとして、君は自分が表現するものに、自信を持たなければならない。周りを見渡しても、答えは見つからない。誰も教えようがない。それこそが、チャーリー・パーカーの音楽の根本にある教えなんだ。自分らしく在ろう。デューク・エリントンはこのことについて、上手いことを言った「他人にとっての二の次になろうとするよりは、自分にとっては自分が一番大事、と考える方がマシだ。」その上で、バード(チャーリー・パーカー)のような人物の演奏を聴くことのパラドックスは、彼のパーソナリティーが持つ引き込む力の強さに、君がその方向へ持っていかれてしまうことだ。それでもなお、自分らしさを手に入れるためには、こうした強力なパーソナリティーを持つ演奏に沢山触れて、そして自分のやり方をしっかり持って、それを吸収しなくてはいけない。  

  

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優れたミュージシャン達の演奏を聴く時、例えばチャーリー・パーカーのようなプレーヤーもそうだが、彼らが演奏する音符やハーモニーを構成する音ばかり聴いていてはダメだ。音符は単なる「覆い」、つまり「外見」だ。音符が言わんとすることに耳を傾けよう。きっとそれは耳に入ってくる。そしてそれは、その表現は、音符やハーモニー等よりもずっと重要なものだ。なぜなら、ハーモニーの音符は、誰だって聴けば分かるし、いずれは聴きつくしてしまうものだからだ。音符が言わんとすることこそ、探し求めるべきものだ。そして、一つ一つのニュアンスには、無限に言いたいことがそこにある。今後数週間、僕達が普段関わる音楽(ジャズ)についての、大きな思い違いの一つを話してゆこうと思う。よく言われるところの「技術的なものを極めることか?」「感情表現を磨くのか?」の間での葛藤だ。実際、これから君は、僕の話がくどくてウンザリしてしまうのではないだろうか。でも僕がこれから多分力説してゆくであろう、「表に出す感情」と「内に秘める思い」との関連性について、頭に入れてほしいことがある。それは、どちらも、これらだけでは、音楽を作る上では十分とは言えない。音符やハーモニーをまともに演奏できなかったら、チャーリー・パーカーでも誰でも、なろうとしてもだめだ。技術がない。  

  

世の中には、幸運にもメロディが次々と頭に浮かんでくる、などという人達もいる。勿論チャーリー・パーカーもそうだった。彼の身の回りは、メロディ、心の拠り所となるメロディが満ち溢れていた。教会音楽、カンザスシティブルース、カントリーブルース、アメリカ国内で人々の間で歌い継がれる大衆音楽、などだ。彼はありとあらゆるジャンルの、メロディが心地よい曲を、沢山好んで触れるようにしていた。それは、彼の日々の生活を織りなす一部となっていった。それが彼の生きた時代だ。君がいま生きている時代とは違う。だからチャーリー・パーカーを目指す君は、グリオット(西アフリカの、人々や生活を語る人)とか、あるいはベラ・バルトークのような(ハンガリーの民俗音楽に詳しい)音楽学者のようなことも、しなくてはいけない。君の生きる時代の文化を反映したメロディの意味を、いつも頭の中に入れておかなければならない。すごく恵まれた時代に生まれたアーティストというものは、存在する。そんなアーティストは、他の時代とは比べ物にならない位、わかりやすく人々の間に既に知れ渡っている音楽表現を、のびのびすればいい。そうではない時代に生まれてしまったアーティストは、時代の流れに立ち向かい、良きものを取り戻し、あるいは時代の流れを変えることが必要だ。どんな時代に生まれるか、人はそれを選べない。でもどんな時代に生まれても、そこでどう生きるか、そして意味のある発信をどう行うか、それは、やってやれないことはない。  

  

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チャーリー・パーカーにしろ誰にしろ、優れた、そして心地よい演奏をするジャズプレーヤー達の演奏を聴く時、君はこう思うだろう「僕はどうやって、僕だけのメロディを手に入れよう?」「そのメロディはどこにあるだろう?」それがわからないと、全部の調のスケール(音階)を弾きまくらなければならなくなってしまうだろう。そうなったら、良い音楽など出てこない。残念ながら、今の時代は、メロディがはっきりしている音楽やロマンチックな感情表現をしっかりつける音楽は、ない。そんな中で君は音楽を習っているんだ。だから、自分の音楽の中にそういった要素を幾つか取り入れたいなら、どこでそれが手に入るか理解しないといけない。探すんだ。意味を知らない単語を耳にしたら、探しにかかる。それと同じようにね。もしチャーリー・パーカーの演奏を聴いて、理解できないフレーズがでてきたらどうする?まぁ、もしかしたら、理解しようとしてもダメかもしれない場合も大いにあるだろう。というのも、君の身の回りで、君以外にそうしたいと思う人間が一人もいないからだ。その人達に質問してもしょうがない。知っている人を探さないとね。その時々にツアーで来ているジャズミュージシャンに会ってみたり、地元の筋金入りのジャズファンと会ってみたりしよう。くじけてはいけない。探すんだ。  

  

僕が10代半ばから20歳前までの頃、僕の友人達、といってもその中でも自分達で何かしら演奏活動をしていない連中は、会話の中で、一人でもジャズミュージシャン達の名前なんて出てくることはなかった。一度もね。17年間に亘って、僕が一緒に育った仲間達、ボール遊びやら何やら過ごしてきた彼らは、誰一人として、どんな会話の中にも、ジャズアーティストの名前など、口にしなかった。ルイ・アームストロングマイルス・デイビスチャーリー・パーカー、どれもなかった。好みの問題じゃない。「俺はジョン・コルトレーンは好かん」と言うわけではない。彼らは、そういうアーティストたちの名前を聞いたことがなかっただけなんだ。だからといって僕は、彼らのことを誰一人として軽蔑など、するわけがなかった。僕にしたって、ジャズのことを知っていたのは、たまたま僕のお父さんが演奏家だったから、それだけだからね。  

  

音楽や文化の発展は、僕達の世代が世に出てきた頃、衰退した。そして、僕達以前の時代の財産は、受け継がれなかった。僕達は主に、ポップミュージックやファンクを演奏した。教会音楽は少しずつ崩されていった。多くの偉大なジャズのレジェンド達が、その信念を捨ててしまっていた。僕達が必要としていた、アメリカを引っ張ってゆくような牽引力は、もうなかった。比較的人気のあるプレーヤー達の一部は、何とか頑張っていた。アート・ブレイキーなんかがそうだ。でも僕達にとっては、古い存在だった。若手のアーティスト達の中には、演奏活動をしっかりやっているのもいた。例えばウッディー・ショーもその一人。でもベテランのジャズミュージシャン達は、大概、ヒットを得ることに集中し、後輩たちへ何も残さなかった。  

  

僕達若手にとって、音楽が好きというなら、本物のジャズとファンクの違いを説明することさえできるというなら、「なぜジャズを演奏するのか?」ということになる。理由は思いつかない。なぜなら、女の子達にモテるわけでもない。お金を稼げるわけでもない。僕は子供の頃、「過去のもの=衰退・役立たず」であると考えていた。「過去のモノ」は「現在のモノ」と隔たりがある、などと、とんでもない間違えで、過去のことからどんなことでも見えてくる、という風には習ってこなかった。確かに、僕の父からジャズを教わろうと思えばできたけれど、教室を開いても、僕達家族5人しかそこには参加しなかっただろう。それに正直言って、父の言っていることは僕達には分からなかった。というのも、父が音楽を通して信じてきた価値あるものは、僕達の生活の中では何一つ響くものはなかった。僕達がわかるものと言えば、スーパーフライ、ジェームス・ブラウンスティービー・ワンダークール&ザ・ギャング、それからケンカの必勝法、ガンボの一番美味しい店、一番良いビリヤードが置いてある所、フットボールが一番上手なヤツ、それから一番足の速いヤツ、そんなものだった。  

 

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そんな状況の下では、アーティストとしてのやる気を十分保てるように、がっちりと考え方を組み固めてゆくことは難しい。仮にやる気を自分が持てたとしても、外を走り回って、他の人達を説得し、演奏する価値を信じてもらえない音楽を、演奏してもらえるよう、上手くもってゆかねばならない。  

  

まったく、僕に今位の知識が、当時振り返ってもしもあったらよかったのに、と思う。誰もがこういうのではないだろうか。知らないことがあれば、情報源を探しに行くべきだ、ということの重要性を。知っていたらよかったのに、とつくづく思う。実に単純だろ?よく言う「誰でもわかる」とはいかない。スコット・ジョプリンについて知りたいか?なら彼の手書きの原稿を見てみること。ジェリー・モール・モートンは?録音テープをチェックだ。デューク・エリントンが、作曲をする上で「主題」について必ず言っていたことは何か?彼のインタビューにちゃんと出てくる。僕はつくづく、年上のミュージシャン達と、もっと詳しく突っ込んだすればよかったと思っている。彼らが話してくれていたことを、飲み込むための、理解力と音楽知識が、10代の頃の僕には欠けていた。僕はよく、ロイ・エルドリッジやスウィーツ・エジソンのような、バリバリのジャズプレイヤー達と話をしたものだった。でも、その真髄は耳を素通りしてしまった。全く何も残っていない訳ではないけれど、彼らの業績のすごさを考えると、もっともっと気合を入れて、彼らについての知識を探し求めていたと思う。  

  

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僕自身、ひたむきに、探求心を維持し、上手になろうとし続け、分からないことを理解しようとし続けた。そして、アンソニー、君がこの道を行く時、僕がしてきたことと同じ所へと導き戻し続けることになるだろう。なぜなら、物事は一つ一つ理解してゆくしかないからだ。その「一つ」へとたどり着く道は沢山あるかもしれないし、その「一つ」にも沢山のチェックすべきことがあるかもしれない。でも何だかんだ言った処で、やはり「一つ」なんだ。君が理解すること、君ができることは、ね。「できる」「できない」は、君が決めた通りになる。ネガティブに考えないでほしい。やれることは一つ、その「一つ」に取り組む方法は沢山。だから普通の人は、その「一つ」に取り組むキャパには限界がある。実際は、多くの人にとっては、一つのことに取り組むということは、他が犠牲になるわけだから、そうはしたくないと思うわけだ。往々にして人は、やりたいことは沢山あって、時にそれらは共存できないことがある。その火花が散る場所は、三つの大きな「やること」の境界線上だ。「やれること」「やるべきこと」「やりたいこと」の三つ。この三つが衝突しなければいいが、大抵はそうはいかない。それを防ぐのは君次第だ。ここで再び、「辛抱」「粘り強さ」「建設的態度」の話が出てくる。  

  

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さて、これは簡単なことではない。「やりたいこと」と「やるべきこと」が一致しないことはよくあるし、「やるべきこと」と「やれること」、そして「やれること」と「やりたいこと」も一致しないことがある。僕の場合、「やりたいこと」は、いつだって演奏することだった。他の人が何をしようともね。その昔、とにかく演奏する、ということに肩の力が入っていたことがあった。年上のプレーヤー達に認めてもらえる処まで行きたかった。よく口先だけの形ばかりで、こいつはダメだ、と諦められて、「いやぁスゴイね、ひたむきな演奏は見ていて嬉しいよね」なんて言われるけれど、そういうのではなく、本気で認めてもらいたかった。  

  

青雲の志というものに僕は導かれていった。年上のプレーヤー達に認められる処まで至った演奏ができた、と、少なくとも自分でそう思えるようになりたかったし、自分がそこに至っていないことも自覚していた。当時の僕にとっては、メンターというものの存在は、今一つしっくりこなかった。僕自身の成長に対して素晴らしい影響も与えてくれたけれど、同時に、ほとんど何も響かないものもあった。過去を学ぶ上では素晴らしく、今必要なことにはほとんど参考にならなかった。1950~60年代の、アメリカでの公民権運動や、ロック音楽の台頭によって、世の中が大きく変化したことにより、メンターとなった世代の多くのミュージシャン達は、自分達の古き良き時代のことは理解できても、僕達の時代の事にはついてゆけなくなってしまった、ということだ。僕は多くを求めすぎたのかもしれない。  

  

今、時代は変わった。まず一つには、今の方が以前より弾ける人の数が増えた。僕が売り出した頃に比べて、より多くの人が演奏活動にお金をかけ、興味を持つようになってきている。トランペットだけをとって見ても、ライアン・カイザー、マーカス・プリンタップ、ジェレミー・ベルト、マイク・ロドリゲス、そしてジーン・ジョーンズ。ピアニストは、ダニーロ・ペレス、アーロン・ゴールドバーグ、エリック・リード、そしてエリック・ルイス。こんな状況だと、君だって思わず「自分も超上手くなれるかな。」と期待し続けたくなるだろう。まぁしかし、僕だって正直そう思うよ。ジャズそれ自体が、弾ける人を生み出す素晴らしい力を持っているからね。時代を通じて様々な技術のスタイルが存在する。最高の才能を持つ最高の人材は、その「様々な技術のスタイル」を手に入れようと駆り立てられるからだ。なぜか。優れた技術はさらなる高みへの挑戦を生み、演奏家とは、試されることを、こよなく愛する。サックスるを吹く限り、チャーリー・パーカーというものが立ちはだかってくるだろう。16世紀に使われていた対位法は、それを音にできる人がいれば、復活させることができるかもしれんあい。シェイクスピアがローマ時代の悲劇演劇を復活させようとしたようにね。ピカソが相当多くの芸術スタイルを復活させたようにね。いつも時代も関係なく、それは、そういう挑戦に本当に取り組んでみたいと思う人々へと、伝わってゆく。  

  

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現在の演奏家のレベルというものは、昔の人達にはかなわないかも知れない。というのも、一般的に言って、演奏家としての自覚が、今と昔では差があるからだ。それから、今は昔よりも、ちゃんとやらなきゃ、というプレッシャーも少ない。君なら、他人からガッチリプレッシャーがかかれば、確実に上達してゆく。かつては、ジャムセッションをする時は、「ダメ」という言葉には、演奏を上達させる力があった。今のようにお互い気を遣う世の中とは違ってね。しかしそれも、時代の流れというものだ。でも、もしかしたら、昔の様なやり方は復活するかもしれない。なぜなら、当時の名演奏は、誰もが気軽に聴けるわけで、そうすれば、ジャズの名演奏がどんなものかが、よくわかる。物事の良し悪しの基準がどこにあるのか、君にはちゃんと知っていてほしい。  

  

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僕はこの音楽(ジャズ)が大好きなんだ。芸術面でも、人として生きる上でも、僕の背中を押してくれる。ジャズは、とにかく聞かないといけない、と僕は思っている。でも聴かないといけないものは、音楽そのものよりも、もっと深い所にある。それは、人間とは何か、についてだ。それは、人間とは何か、についてだ。それは人間らしさ、人間から出てくる最高のものだ - それは意識とか、感覚とか、「道」という概念とかだったりする。だからこそ僕は、どんなCDよりも生演奏を聴きに行くのが楽しいんだ。でも誤解してはいけないこと、それは、今の時代のプロ達は、銘板のCDに録音された偉大な演奏と、肩を並べてゆくことも出来るし、実際時々その通りになっている。僕も昔はこのことについては半信半疑だったが、今はそう信じるようになった。昔も今も、人々は演奏しているのだよ。他人が過去の録音に夢中になろうが、何をしようが、そのようなことは関係ない。この道は君の方へと戻ってくる。「人間らしさ」が君の耳に、届こうと届くまいと、聴きに行くんだ、人間の演奏を。それも練習の一つだ。フランク・ヴェスは、常に生演奏を聴きに足を運ぶ。80代かそこらの彼は、酷評を受けても今尚スウィングし続ける。外の世界にその身を置いてね。  

  

僕は、僕のお父さんやその仲間のミュージシャン達が、「修行の場に行くかぁ!」などと話しているのをよく耳にした。「修行の場」などと言うと、ボコボコにされる所かと思っていた。実際その通りなんだけれど、同時にそこは、ミッチリ鍛えられる場所でもある。チャーリー・パーカーはシンバルを投げつけられたりした。彼はそういう場所へ身を投じ、そして自分がやりたい演奏に必要な力をつけてきた。昔も今も、修行の場所は必要だ。練習のことを「修行」というのは、そのためだ。練習(practice)といえば、もうひとつpで始まる言葉だね。これも君に話すべきだな。  

  

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それで思い出した。建設的な態度(productivity)も忘れないこと。君はミュージシャンになりたいんだろう?小さな本番をどんどん外でやってくることだ。方程式を一つ覚えよう。なに、シンプルなヤツだから大丈夫。「今の実行=未来の実行」だから、今のうちに色々な演奏活動に取り組んでいれば、将来きっとそれは開花した形で、また取り組むことになる。そうでなくて嘘ばかりやっていると、本当にそうなってしまうだろ?  

  

人間(アンソニー)らしさを保ち続けなさい。  

 

 

 

 

  

3.ルールを語る、自由を歌う 2003年7月2日  

  

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僕は息子たちがそれぞれ7歳、そして8歳の頃から、一緒にチェスをやっている。しかし今になって、彼らは10代の子達がよくなる病気にかかってしまった。君はきっとわかるだろう。物事に取り組んでいて、自信過剰になると、自己顕示に走り始める。そしてコテンパンにやっつけられる。あの病気だ。「チェックメイト(王手)」と言われると、信じられないと言わんばかりに目を丸くして、騒ぎ、文句を言い、怒った挙句、正気に戻ったかと思うと「もう一回」とせがむ。チェスは、コンサートの開催地を移動するバスの中で沢山やるんだ。仮に君が息子たちのように同行するなら、ゲームのルールを知らないとね。駒の名前、動かし方、相手を負かす戦略を、ね。  

  

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直近の君からもらった手紙を読んでみたけれど、君もルールについて考えているのかな。別に驚いているわけではないけれどね。ルール、そしてルールについて考えることは、僕が教えている子達ほぼ全員にとって悩みの種だと、僕は認識している。ルールの定めることにがんじがらめにされて、やって良いことといけないことが気になる。おや?むしろそれは、上手になる魔法の方程式を与えれくれると思っているのか?考え直したまえ。ま、とにかく、このことについて語ろう。君の心を何らか穏やかにするためにもね。  

  

最初の疑問、ジャズではルールというものは良いモノか、悪いモノか。申し訳ないが、良い悪いで答えられるものではない。ルールというものは、良くも悪くもありえる。元々そういう価値基準で判断されるものではないんだ。いくつかの例外、例えば「近親者との婚姻は禁止」とか、そういうのを除いては、ルールというものは、価値判断を単に成文化したものにすぎない。例を挙げよう。「ルールなんかクソくらえだ。大事なのは感覚だ」コルトレーンの名言が引用されているのを、よく見かけるだろう。好都合な一言だよね。トレーン曰く「ルールなんかクソくらえだ」。結局それでもって何だって正当化されてしまう。君がリズムの変化について僕に質問する。すると僕は答える「おい、リズムなんて変化するものだろう。何でそんなこと、いちいち話し合わなければいかんのだ?ルールなんてクソくらえだ。大事なのは感覚だ。」ほら、わかっただろう。「ルールなんてクソくらえだ」が、結局ルールになっている。  

  

君にはむしろ、こんな考え方を持ってもらおうと思う。物事の考え方を決めるに当たっては、ルールや規制は何の為?と考えるよりも、むしろ君自身の音楽やスタイルを作ってゆくことを通じての過程や経験、こちらに基づいて決める考え方、これを持ってもらおうと思う。すると結局は、その過程や経験から発生した方法や理由といったものが、ルールというものの正しい捉え方や、その価値へと君を導くからなんだ。  

  

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三つ考えてほしいことがある。一つ目。ジャズの仕組みとは、そこから逃げなきゃと思う  

ほど不自由なものだろうか?無理難題を押し付けられるようなものだろうか?フットボールの試合の禁止ルールのように、それらを無視したらプレーが制限されてゆくようなものだろうか?二つ目。演奏を聞いてもらう人は限った方がよいのだろうか?既に知っている客層とは関わりたくないからと言って、耳の肥えた人を作ってゆくべきだ、とでも言うのだろうか?例えば、英語の文法ルールを使わず英語を話すとしよう。独自なものの言い方をしようと思ったら、言いたいことを言うためには文法ルールにない言葉を新たに作らなくてはならなくなる。つまり「スバラシイネ(素晴らしいね)」と言いたければ「ブマラトゥーゲ」とか。言った本人はいいだろうが、言われた方はチンプンカンプン。三つ目。型を破る方法に反して型を破る、なんて、可能なのか?かつて、ある僕の生徒と、いつも同じやり取りをしていたことがあった。彼はいつも、こう言い張った「もっと可能性を広げて、行き着くところまで行きたい」。  

僕は質問した「行き着くところ、とは?」  

「型にはまりたくない。もっと磨いて、行き着くところを今より広げていくんだ。」  

「おや、今より広げた行き着くところ、とは何のこと?」  

すると彼は、言葉が続かなくなってしまった。つまり、行き着くところを広げる、と言っても、それもまた、はまってしまう型のことであり、今自分が置かれている「手近なところ」の、「そのまた向こう側」と、その場所が限られてしまう。  

  

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現代のアメリカでは、理由もなく反抗するという、誤った考え方が人々の間に蔓延している。君も何度となく見聞きしたことがあるだろう。一見当たり前になっている不満分子達の哲学:世界を倒せ、全部クソくらえ、何でもかんでもぶち壊せ、それがアメリカのやり方だ。でも本当の処を知りたいだろう。このスローガン(哲学)は「理由もなく」というところがポイントだ。今の時代「反抗」なんて考えは、僕達の頭には無いだろう。合衆国憲法や独立宣言は「反抗」の賜物だ。人々は理想を表現するのに命を賭した。ルイ・アームストロングの演奏も、デューク・エリントンの作品も「反抗」の賜物、自由の謳歌だ。でも今例に挙げたものは、新しい規範を生み、それぞれが法やルールの下で各々機能しているものなんだ。  

  

自由とはルールの枠組みの中に息づくものだ。変だと思うかい?分かりにくいかもしれないな。自由さが欠けているように見える状態の中に、どうしたら自由が存在しうるというのか。こういった自由とルールの枠組みという概念を、長い間存在してきた形式や実践例を背景として、その流れの中で考えてみよう。そして自分自身に問いかけるんだ。もっと良い方法はないのか?既存の秩序に本気で反抗しようとするなら、自分が本当に求めているのは、自由か、それともバカなカルト集団か何かの宣伝文句や甘言に乗せられているだけか。既存の形式が持つ可能な選択肢は、全て使い尽くしたか?自分が表現しようと思うものの規模は、新しい形式を編み出さないといけないほどデカいのか?そして突き詰めれば、自分の芸術家としての自由さを持って何がしたいのか?  

  

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なぜこんなことを君に言うのか。それは、音楽家人生という道は、巡り巡って君自身、そして君が選んだことへと戻ってくるからなんだ。こういった事柄を、君にはよく考えてもらいたい。なぜなら、直面する問題をより深く考え、より多く解決策をひねり出すほど、益々上手くアーティストとしての自己表現ができるようになるからだ。  

  

ここで昔の格言に触れてみよう。「国家の失敗を個人が同じく仕出かすようなマネをするな」。時代によっては、世間が正しいと判断することを君自身も受け入れる可能性がある。アメリカでは人の差別が何年間も続いた。理性的で知識のある人達が、こんなものは社会を破綻させ、しかも非人道的だ、と分かっていったにも拘らず、だ。差別はやがて、形を変え、そして受け入れられていった。社会の習慣だ、と言わんばかりにね。「もう沢山だ」ということで、アメリカ人達は決心する。この社会の習慣と戦うことを。「これ以上やってられるか!何としてでも変えてやる!」声がついに上がった。人々は反抗し、新たに、そして今なお続く苦難の道を選んだ。  

  

大きな変革は、いつだって始めることは出来る。例え今の様な、皆が勝手気ままなじだいであってもね。およそ想像しうる最もしょうもないようなことの、いくつかが、当たり前になってしまっているような時代においてもね。1970年代の初め頃にファンクバンドで演奏していた時は、舞台に上がって股間のモノを掴んで、自分達を軽蔑的な名前で呼ぶなんて日が来るとは、全く想像すら出来なかった。1972年当時は、そんなことがエンターテイメントと見なされるなんて、考えることすらしなかった。想定外もいいところだった。でも2003年の今、そんなものは四六時中見かけるし、人の自由の表れにもなっている。さて、今君はミュージシャンだね、アンソニー。君には自分の考えや精神、音楽のコンセプトを実践してゆくチャンスがある。君はこの文化へと入ってきて(音楽の世界へ入ってきて)、自分の音楽を駆使して色々な発信をしてゆくことになっている。君の自由にできることをフルに発揮してゆくわけだが、それによって、ある種の「ルールの枠組み」が新たに出来上がってゆくだろう。そしてそれは最終的に、他の誰かの自由に「立ちはだかる壁」になるんだ。  

  

また、こんなことも自問自答してほしい。「ジャズの中で、自分が「これは開放的だ」と思えるものは何だろう。自分が表現したいものは何だろう。ジャズのルールの枠組みとは窮屈なものなのだろうか。それから、こういったルールの枠組みは、どんどんなくしてゆくことで窮屈ではなくなってゆくだろうか。」忘れないで、フリージャズという考え方が生まれて、今まででおよそ50年というところだ、ということを。  

  

コルトレーンは、オーネット・コールマンに師事していたことを知っているかい?本当さ。1969年代の初めの頃だ。コールマンの、コード進行によらない演奏方法を教わるためにね。なのに、コルトレーンは、彼の従来のスタイルを「クレセント」「至上の愛」そして、あの「トランジッション」などのアルバムを聴いてわかる通り、結局は維持したんだ。コルトレーンが自由を獲得したやり方は、コールマンの教えは受けても、それに乗り換えることではなかった、ということだ。  

  

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欧米の物の考え方では、ジャズに限らず、音楽における真の進化の為には、エリートと呼ばれる所まで登りつめようと高飛車な態度で自らを進歩させる上で、抽象的な理屈が用いられる。その信条は「凡人にはわからないヨ」。でも僕達ミュージシャンは、ほとんどの人が聴いても分からないような、より高尚な表現方法を極めてゆくべきなのか?それとも逆に、誰もが耳を傾けてしまうような「売れれば何でもアリ」的な方向へ行くべきなのか?僕達の目的は?「自由」を表現する方法は?そう考えると、アーティストとしての僕達の責任は、どこに設定すべきなのか?  

  

さて、アンソニー、こういう問いかけは、正しいとか間違えているとかの答えは出ないものだ。僕は君にこういうことをよく考えて欲しいんだ。君は音楽の道を今進み、その中で自分自身のことを理解してゆくんだ、ということを、決して忘れないこと。僕達が語り合うことは、全て君がミュージシャンとして向上してゆくことに役立ててゆくものだ。僕は君をそのように導いてゆきたい。音楽について考えた方が良いことを教えたくはないし、結論めいたことを君に与えてしまって、結果、君が自分の潜在能力が何かを気付くことが出来なくなるようなことも、したくない。  

  

小さな子達が、ひっきりなしに僕のレッスンにやってくる。皆例外なく、普段教わっている先生方から頑固な指導を受け、やるべきこと、守るべき考え方に縛られている。いつも僕は気の毒に思う。君には、むしろ僕は、身の回りのことについて、深く考え、自在に反応できる十分な柔軟性を持ってもらいたい。君自身のやりたいことに集中してもらいたい。そうすれば、僕は安心して君に話せることがある。フリーインプロバイゼーション、能力の限界、聴いても分からないような抽象的で排他的な表現方法、あるいは売れればいいと言わんばかりの幼稚な演奏の仕方。君はこういった話題にも反応できる能力と柔軟性が持てるからだ。  

  

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僕は定期的に息子達をつれてジャズを聞かせに出かける。小さい頃は大して好きではなかった。よく「また?もうイヤダ!」と言っていたものだった。実際、大抵聞きながら寝てしまっていたからね。ある時、連れて行ったのが、セシル・テイラーという大物ピアニスト。激しく、無秩序で、普通には聴いても分かりにくい演奏スタイルの持ち主だ。そうしたら、息子達の一人が客席の後方の席から立ち上がってこう言った。  

「わぁ」ひたすらじっと見続けていた。テイラーの演奏が信じられないモノだったということだ。実際20分間くらい身構えた状態で、その夜の演奏の間、固まっていたからね。  

  

「この人達、今晩ずっとこれやるの?」彼は尋ねた。  

「かもしれないな。」僕は答えた。  

「ここにいる大勢の人達、こんなの聞きたいのかなぁ。」  

「まぁ、それがニューヨークのいいところさ。」  

  

これがもしニューオーリンズでの出来事だったなら、こんな自由奔放な演奏を本番中目一杯やられたら、聞くに堪えなかっただろう。でもこの日、その後どうなったと思う?息子達はテイラーの演奏を寝ずに聴いていたんだ。まぁ、少しうつらうつらしてしまったけどね。でも他の事では比べられない位、かなり長時間頑張った。この話は、息子たちの好みがこうだったと説明しようと持ち出したわけではないんだ。あの晩ふっとわいた興味、それも予想外に沸いた好奇心だった、と言おうとしただけ。  

  

「うーん、パパ、これって何なの?」  

自由、何を求めてかは知らないけどね。  

  

 

 

 

4.ジャズを演奏する 2003年7月18日  

  

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親愛なるアンソニー  

元気にしているかい?この間の手紙から、君が何かを掴んでくれたと聞いて、嬉しく思う。こういうものは、ただ読んで頭の中にしまい込んではいけない。活かし方を考えること。  

  

今はコンサートツアーが続いている。とにかく、一つの町から、そして次の町へ。行けと言われた所へ、ひたすら移動の日々だ。だから、手紙と手紙の間が空くことは許してほしい。心がけて書くからね。  

  

さて昨夜は、ボストンのあるホテルの中にある、小さくて客席との距離が近い、クラブでの演奏だった。文句なしの、とにかく気分のいい、小ぢんまりとした本番だったよ。狭い場所でね。お客さんがすぐ周りにいて、雑踏の中、グルーブ感で一つになっていた。こういう時はバンドはひたすらノッてくる。聴いてくれている人達も、バンドのサウンドに、全てを洗い流させようとする。特にドラムのハーリンがタンバリンで5/4のリズムを、神がかった演奏で聴かせた時は、最高だった。  

  

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本番終了後、僕達にフルコースの食事が運ばれた。ささげ(豆)料理、トウモロコシパン、リブ肉のバーベキュー、マッシュポテト、そして図々しくも、コーンプディングまで少し頂いてしまった。やはり演奏が上手でマナーを心得ている人は、ご馳走にありつけるんだねぇ。冗談はさておき、こういったことは仮にどんなに頻繁に起きようとも、そして実際沢山起きていて、その時僕達がそこで感じる、人の愛や懐の深さといったものには、いつも頭が下がる思いだ。家族と離れてさみしい気分も、これで我慢できるようになる。でもね、人間嫌いだと、ここでは孤独感を感じるだろうな。  

  

音楽の演奏について、君と語り合いたいと思っていた処だ。シンプルで本質的なこと。ジャズを演奏する上で必要なことだよ。4つの土台が必須だ。音楽面での「語彙力」をつけること。サウンドにカリスマ性(人を強く惹きつける魅力)を持たせること。君だけの目標を定めること。そしてスウィングをモノにすること。それじゃあ少しの間、4つとも切れ味鋭く見てゆこう。  

  

第一に、音楽面での語彙力が増えれば、演奏できることも増える。人との会話と同じ。人間は20の単語をキッチリ頭に入れれば、人とのコミュニケーションは何とかなる。でもこれだけでは、全く話題にできないことも山のように出てくる。ジャズのあらゆる場面に出てくる語彙を片っ端から身に付けよう。メロディ、ハーモニー、リズム、そして君だけの「ネタ」もね。まず必須の知識から取り掛かるのが常套。君の故郷のこと、それからアメリカ全体のこと、の順にだ。つまりこういうこと。君がカンザスシティー出身なら、まずはカンザスシティーブルースの演奏がどんなものかを身に付けること。その次にアメリカ全体の音楽を全て押さえる。そして今の時代は更に、世界中の音楽についても知っておく必要がある。世界中の各地に存在する音楽の形式には、それぞれ特有の取り組むべき課題がある。それらを習うことは、君にとって非常に役に立つことになる。結果、それまで君の持っていた音楽の語彙力に幅広いレパートリーが加わってくる。ラテン音楽の専門家は、ジャズミュージシャン達のラテン音楽に関する知識の無さについて、よく不満を言う。君は、世界中何の音楽でもいいから、これは良い、と思ったものについて、研究し身に付けること。それは、その音楽のことを知っていて、演奏もできる人達と一緒に行うこと。自分自身の音楽の幅を広げることは、君にとって限りなく貴重なことだ。音楽の語彙力を研究することは、言葉の語源を研究するようなものだ。ロマンス系言語(フランス語、イタリア語、スペイン語等)に興味があるなら、研究するのはラテン語。そこから全て派生しているからね。同じ考え方で、グルーブ感を要する音楽、つまり、キューバ音楽のリズムである「クレイブ」とか、ミシシッピブルースのシャッフルリズムなんかは、アフリカ音楽の6/8拍子のリズムから派生しているから、それを研究するといい。でも「君の故郷のこと」が疎かなうちは、その先へは進まないこと。  

  

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第二に、サウンドに人を惹きつける魅力を、常に持たせること。人は魅力のある音楽を聞きたいのであって、ロボットが鳴らす警笛を聴きに来ているのではない。ワクワクしたい、驚きを感じたい、「勉強になった!」と思いたい、そういうものだ。人を惹きつけるサウンド。音楽の演奏をお客さんに聴いてもらうことは、他のどんな舞台芸術、ステージパフォーマンスとも、大して変わらない。ちょっと想像してごらん。俳優さんがトコトコっとステージに走り出て、セリフは言うけれど無表情なやり方。その俳優の持ち味なんか、一つも出そうとしない。見ていて面白いと思うかい?自分の持ち味を明確にした音楽のアプローチの仕方をモノにしたら、何を言いたいのかを音に込めること。どんなものであっても、それをお客さんに伝えるには、技術力、耐久力、そして説得力が必要だ。あと楽しさもね。何せ音「楽」演奏だからね。  

  

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でも本番舞台上で目一杯吹きまくっているときは、ジャズの演奏は人生の他のあらゆることに似ている、ということを頭に入れておくこと。取り掛かる時のテンションは、折り返しまで来た時より高いのが普通だ。かけっこでは、ジェシーオーウェンスの生まれ変わりになったつもりでスタートダッシュに気合が入るだろう。アメリカンフットボールなら、ジョー・モンタナかな。それで2・3回とパスをカットされるうちに、テンションもさがる。これって、世の中のあらゆる行為にも当てはまるだろう。だから、演奏する時は、それまでの頑張りで、頭に血が上ったり、逆に燃え尽きたりしないこと。ソツなく始めて、ソツなく演奏し、、ソツなく終えること。それ以上難しいことは考えないように。僕が言う「ソツなく演奏し」とは、それで仕事がとってこれる位のれべるで、ということだからね。なぜなら、ソツなく演奏すれば、雇ってもらえるだろうし、声もかけてもらえるだろうからさ。  

  

勿論、ソツなく演奏するということは、仕事の事ばかりではない。それが核心に迫ってくるものと言えば、「君だけの目標」これは4つの土台の3番目だったね。目標は人それぞれによって異なるけれど、誰にとっても中心となるポイントがある。「聴き手に何を伝えたいか」だ。まぁ聞いてほしい。昔僕はスウィーツ・エジソンにこんな質問をした。「いつも一発目の音から上手なんて、どうしてなんですか?」  

「坊や、演奏の仕方なんて、たった一つさ。」スウィーツは答えた。「一つしかないんだよ」  

スウィーツが言おうとしたことは、常に100%の気持ちで自分の演奏スタイルを音にしてゆくこと、バンド自体が下手だろうと上手だろうと、小学生が相手だろうと、誕生日のホームパーティーだろうと、食事に招待された時だろうと、楽器をケースから出したなら、「今こそ人生の正念場」とばかりに吹くべきだ。「正念場」でないなら、「正念場」にしてでも、ということだ。  

  

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憶えているだろうか、君が小さかった頃、本当の本当に何かが欲しいと思った気持ち。それは今から思えば、本当の本当にしょうもなものを欲しがったかもしれないけれど。そしてそれを欲しいと周りに訴えたその言い方を。その時の熱い心と切なる望みをもって、演奏しようと思ってごらん。まるでそれが人生最大の希望と言わんばかりにね。年を重ねてゆくと、希望や欲求を冷静に抑える方法を身に付けてしまう。子供の頃の熱い心と、伸び伸びとした表現を取り戻すんだ。演奏する上で、それは必ず持っていないといけない。自分が一番欲しかったものと、それを手に入れるためなら、プライドも気品も一つ残らずかなぐり捨てでも、というやり方。覚えているだろうか、それをどれほど強く欲しがったか。それが手に入らなかった時、どれだけ泣き叫んだか。君のことを耐えかねた女の子は?アモスが現れるまでずっと君を好きだった女の子は?そういう情熱をもって演奏することだ。  

  

気付いてほしい。ジャズの基本を様々身に付ければ、君の個性を伸ばし、あの頃の情熱を見出す上で、役に立つ、ということを。「本気でブルースなんか演奏する気はない」とか  

「スウィング奏法なんか、きちんと表現できるようになる気はない」などと言わないこと。自分に背を向けるな。ツケが廻ってくるぞ。最近のラテンバンドとジャズバンドを聴き比べて、大抵ラテンバンドのほうが良い演奏をしていると、気付いたことはないか?それが定石になっていることを、不思議に思うだろう?実際のステージを見れば分かる。ラテンミュージシャン達は、自分の力を注ぎ込み、熱意を持っていることが伝わってくる。自分達のグルーブ感が完璧だと、自信がみなぎっている。それに比べてジャズバンドはどうだ。スウィングを身に付けようと、きちんと向き合うこともせず、何やらファンクまがいのグルーブやら、ひどい時には下手なラテンジャズまがいのグルーブやらに甘んじようとする。実際彼らの愚痴を耳にすることもある「スウィングなんて、もうやらないって。他のことに取り組んでいこうよ。」自分達の未熟さに背を向けて、安易な方向へ走ってゆこうと、逃げているんだ。ジャズを演奏する上で、4番目、そして多分最も重要なこと。スウィング、スウィングすることだ。  

 

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「典型的なアメリカの」物事、という言い方を耳にしたことがあるだろう。物事が「典型的だ」ということは、その物事が、「典型的」だと思われる価値を反映している、ということだ。芸術の形式で言うなら、良さがわかるだけでなく、それが具体的で、品位があって、堂々たるものであることが必要だ。だからこそ、人は思い入れをもって、芸術の形式を学ぶんだ。芸術に携わる者は、自分の国の精神といったものを発揮してゆくからね。スウィングのことで言うならこうだ。スウィングは一人の人間が発明したものではない。民主主義(アメリカの根幹)は、一人の人間ではなく、複数の人間がすることだ。だからスウィングは、複数の人間が互いを尊重し合う民主的で、民主的だけに典型的なアメリカの概念、ということになる。  

  

スウィングは時間の制約を受ける究極の調和、というやつだ。スウィングは、マニフェストで出来た民主主義。君は絶えず臨機応変に対応してゆくことになる。どんな時もその間中は、音楽面の出来事については、自分の好きなようにするとはいかない。物事が目まぐるしく変化しても、冷静さ、落ち着きを保つ方法を身に付ける必要がある。これが、君がスウィングをする上でするべきことなんだ。なぜかって?時間に対する概念が、ミュージシャン一人一人で違っているからさ。僕は時々生徒たちにこんなことをやらせている。「一分間経った、と思ったところで立ち上がってごらん。」とね、すると20秒で立ち上がる子もいれば、1分半位過ぎて立ち上がる子もいる。時間に対する概念の違いが現れているよね。君も演奏家として、この問題にどう取り組んて行くか、自分なりに考えていかないとね。  

  

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しかしスウィングにも上下関係がある。それは国の政治の仕組みに似ている。大統領はドラム奏者。一番大きな音がする楽器を担当する。そしてシンバルはアンサンブルの中で一番音域が高い。アフリカ音楽ではベルリズムと呼ばれるものだ。上下関係では上の方のリズム。皆が聞こえるからね。ジャズではシンバルがベルリズムを担当する。他の奏者はこれに従うことになる。  

  

しかし、政治の仕組みと同じく、スウィングにも抑制・均衡のチェック機能がある。ドラム奏者のテンポが走ったら、ベース奏者がブレーキをかける。時には「大統領」の役を、楽器に関係なくテンポが一番安定しているプレーヤーが担うことがある。チャーリー・パーカーが演奏するとテンポの安定が素晴らしいので、ベルリズムの方が彼に合わせたものだった。だからアンソニー、君もそうなる可能性がある、ということだ。これまた民主主義ならではのこと。大統領の力量がなければ、力のある議会や裁判所が必要だ。抑制・均衡のチェック機能というやつだね。  

 

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スウィングは、アメリカがこれまで歩んだ歴史の根っこの部分に一致する。「困難を排除し、策を編み出せ。」ジャズで言うと、テンポが正しいかを自分で確かめ、演奏すると決めたリズムの難しさを把握しておけ、ということになる。四分音符を演奏する場合、テンポキープは難しい。また、あらゆるタイプの演奏が困難で、しかも聞けば楽しい変形リズムもある。あるいは、ひたすら八分音符の連続するフレーズを演奏することもあるだろう。キチンとしたやり方をもって、冷静さを保ち、よどみなく演奏する。これこそスウィングがもたらしてくれるものだ。 

 

ジャズミュージシャン達が本気で演奏しスウィングしている昔の銘盤を聴いてみよう。今の僕達の演奏とは多くの部分で異なっていることが、聞いてわかる。彼らはグルーヴの奏法を知っていたが、その知識は、殆どが次の世代へ引き継がれず失われてしまっている。今の僕達が彼らに及びもしないのは、スウィングに問題が何かしら存在するからじゃない。むしろ、僕達のスウィンググルーヴの奏法に欠陥があるんだ。いいかい、グルーヴという視点から考えてみよう。もしラテン音楽のミュージシャン達が、下手なグルーヴ感の演奏をやってしまったとする。僕達ジャズのミュージシャン達もそうだが、その場合、本番させてもらっているクラブハウスから追い出されてしまうだろう。でもジャズミュージシャンの場合、スウィングを効かせず演奏して褒められることもあるんだ。もうひとつ、君に理解してほしいことがある。今アメリカでは、スウィングを効かせた演奏は、ある意味苦難の時代を迎えている。でもそんなのは、ラテングルーヴを効かせた演奏には、いまだかつて無縁だ。専門家が寄ってたかってクレイブリズム(ジャズにとってのスウィング)の価値についてボロクソ言うなんてことは、一度もないことだ。一方、アメリカ人には古くから劣等感があって、文化に関しては、ヨーロッパのものは何でもスゴイ、アメリカ的でないものは何でもスゴイ、などという考え方になってしまっている。そんなこと、僕に言わせれば、保守的、あるいは良くない発想だ。ヨーロッパの人達の方から、お宅らアメリカのジャズは立派な芸術だよ、と言ってくれるべきだったんだよ。そして勿論アメリカでは、あの色の黒い厄介者(訳注:ウィントン自身の事)が常に警戒されている。昔、自由解放のど真ん中で、囚われの身だったアメリカ黒人の子孫。その男が居るおかげで、大勢の人達がスウィングなんてもう死んだ、と言い切り、批評家や、所謂専門家と称する大群は、世の中の人々をジャズの本質から目を逸らさせようと、やっきになっている。なぜなら、ジャズは黒人たちの産物で、だからこそ、彼らの不正確な見方で言えば、アメリカ人に相応しくない、というわけだ。 

 

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ジャズ以外の音楽形式は、というと、今の「売れればいい」の風潮を目の当たりにしても、胸を張って独自の文化に誇りを持っている。なぜだろうか。僕は南米に行く機会があるけれど、ファンクやロックがあっても、タンゴはちゃんと演奏する。ブラジルにはファンクもあるし、アメリカで耳にするような電子音楽もあらゆるモノがあるけれど、サンバはちゃんと演奏される。「サンバやタンゴなんてやめて、こっちをやろうぜ」なんて誰も言わない。アメリカの「売れれば」音楽もやる、自分達の音楽もしっかりやる。「売れればいいや」は、みんなアメリカから出てきたものだ。でもアメリカ人だって、独自の最高に洗練されたグルーヴ(音楽)がある。でもそれを実際やるとなると、ある種の、ヒドイ、いやいやながらの取り組みにしかなっていない。だから、アメリカ独自の音の躍動「スウィング」は、全て消えてしまったんだ。 

 

今から言う点をハッキリさせておこう。ジャズを演奏する為には、スウィングのセンスと技を身に付けなければならない。スウィングは、ジャズミュージシャンの必須事項だ。ジャズの基礎的な、土台となるような、そしてなくてはならない構成要素だ。ミュージシャン達が集まる。水面下で激しくもがく。結果、エレガントに躍動するインプロバイズされたメロディの数々は、リズムの調和は完璧。この時一人一人は、別の意味合いで狙ったポイントへとビートをちりばめてゆく。究極のギブアンドテイクがここにある。それがスウィングだ。よく聞いてほしい、アントニオ君。君はジャズミュージシャンの一人として、スウィングしないという発想は、自分から遠ざけなければならない。ジャズが元から持つ自然な流れ、ここにスウィングしない奏法を押し付けると、本来あるべき基本的な内面を傷つけてしまう。無理やり中へ歩いて入いらされても、すぐに出てきてしまう。これではどっちつかずだ。スウィングしない、となると、演奏の魅力を出すために、訳の分からないものを自分で創り出そうとしなくてはならなくなる。仮にたまたますごいモノができるかもしれないけれど、スウィング自体が持つ多様性の全てに、特有の意味がある。それは聴衆を君のサウンドへと取り込んでしまう力を持っている。スウィング、とりわけリズムセクションはスウィングに不可欠。なぜなら音楽におけるリズムセクションなるものは、スウィングがその生みの親だからだ。スウィングが無ければ魅力もない。ジャズは人を惹きつける力が必要だ。音量ではない力で、人を惹きつけなければならない。 

 

「ジャズを演奏すること」だと漠然とするから、もっと絞って、「ジャズバラードを演奏すること」にしよう。今まで君に言ってきたことの多くが、これから話すことに出てくる。2,3新しい話題も出そう。その中で一番大切なのは「タイム(時間」/テンポ)についてだ。コールマン・ホーキンスは、本番に演奏する曲は、女を抱くようにアプローチする、と言っている。それにはタイム(時間)をコントロールできないといけないね。ベン・ウェブスターなんかだと、バラード演奏の上手さはタイム(テンポ)に関係がある。テンポがゆっくりな曲は、正しいリズムで演奏するのが難しい。拍と拍の間は大きく空いているし、ということは、多くの労力が必要だ。リズムセクションに身を委ねたいところだが、実際はもっとしっかりリズムセクションを導く必要がある。リズムと表情、ゆっくりな曲の演奏には必須だ。 

 

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話、理解できているかな?君がうんと小さかった頃のことを思い出して欲しい。パパやママが、君が意味を全く理解できない、長くて難しい言葉を投げかけていただろう。君は、意味は理解できなくても、使われる文脈から、いつしか君もそれらを使えるようになっていった。今の君は、当時のパパやママと同じように、そういった語を使っているが、意味はハッキリとは覚え切れていないだろう。これはジャズの演奏にも当てはまる。若手が銘盤を聴く。そこで耳にするフレーズ、曲想、音色、暗い記憶を呼び起こす力、については、それを支える土台、組み立て方、思想哲学の知識が若手にはない。知らないまま自分達が演奏しても、本質的な要素が、そこには抜け落ちているのだ。 

 

演奏を成功へと導くものは、基本事項であり、根っこの部分だ。何事も練習は、この根っこを軸として外さず回ってゆかないとけない。家を建てたいと思ったとしよう。誰かの所へ行けば、その人たちはこういうだろう「さて、基礎部分の工事には、これこれが必要です。」その後で、迷宮にせよデカい城にせよ、小さな小屋にせよ、好きなものを土台の上に乗せればいいが、何にせよ土台は欠かせない。バラードを演奏する時の「基礎部分」は、人を恋する気持ちだ。「僕の心は悲しく寂しい/君を想いため息をつく/君を、愛しいきみだけに」今時の若い君には、しょうもなく時代遅れでダサかったかな?こんなの実際見たことあるかと言ったって、ないよね。世の中退廃してくると、恋愛感情とか知的好奇心とかいうものから、衰退してゆく。それはファシストとか、そんな楽しさのカケラもない全体主義思想が存在感を増してくる時代みたいなものだ。以前は素晴らしいとされていたものと、今の時代とのつながりを、奴等はぶち壊すことに使命感を募らせていて、人の心に募らせていて、人の心に上がり込んできて、「お前なんか本当はこうだ」と言い放ちに来ることもある。 

 

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バラードを演奏するには、リズムセクションはゆったりとしたダンスのテンポを刻んでゆくことが必要だ。君はダンサーを立てての演奏経験は無かったね。となると、チークタイムとか、あるいは本当に音楽に合わせてダンサーが踊る時の「ゆったり」の加減がわからないかもしれないな。一通り身に付けて、いざ行ってみたら、スラムダンスがいい、などと言い出すことだってあるだろる。パンクロックのダンスを、といわれ、ジャズのミュージシャンである君はどうするか?バラードを演奏したいなら、従来の曲に新たな風を吹き込むか、それとも自分で新しく曲を作ってしまうか、いずれにせよ、退廃した世の中に在って、文化の中に息づくロマンチックな感情を復活させることからやらないとね。君が自分でやるんだ。そうでなければ、誰がやる?バラードに新たな風を吹き込み活力を与える。君がそこに価値を見いだせないなら、バラードのことは頭から捨ててしまえ。ロマンチックな感情を曲の表情とする。君がそこに価値を見いだせないなら、バラードを演奏する意味がない。だって、そんなことでは出てくる音も良い筈がないからだ。 

 

君が持つ全てのニュアンスや明暗付けを駆使して、バラードが生き生きするようなサウンドを創り出さないといけない。そもそも、あのゆったりとしたテンポのせいで、バラードの演奏は苦しいと思ってしまう。でも、そんな演奏は許されない。テンポやリズムも、表情も、技術的なものも、そういった意味では、バラードに限らず何でもそうだけれどね。君の見知らぬ人々の、心の空間へと、何かしら強い人間味のある感情を届ける為にも、心を開き、肩の力を抜いておかねばならない。 

 

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何を、どうやって演奏しようか、と思案する時に、いつも心に留め置くべきことがある。優れたミュージシャン達の演奏を、これは自分できちんとやるべきことだ、と思いながら、よく耳を傾け、学び、自分のモノにしてゆくこと。単に耳から入ってくることを、そのまま真似するようなことをしてはいけない。ここまで偉大なアーティストから受け継いできたことの話をしてきたけれど、みんな、君が一人のジャズミュージシャンとなるために、知っておくべきことだ。例えば君と僕が医者だったとして、他の医師達も普段から一緒にいる中で、僕は君が医者としての技術を理解すべきかどうかについて、君と語り合い続けるなんてことは有り得ない話だ。また、例えばバスケのチームにいたなら…まぁ、その場合は、君は今の選手たちがやるように、基本練習に明け暮れなきゃならないだろうね。 

 

でも間違えてもらったら困ること、それは、基礎を身に付けることが一番大切なのであって、他人の演奏を何も考えず真似することが最優先事項ではない、ということだ。あのゴマンといる雑誌の批評家が、ミュージシャン達に伝えようとするクダラナイことを気にすると、どうしてもこういう間違えを起こしてしまう。基礎は必須、どんな芸術活動にも基礎がある。君が舞台に立って演奏する時、僕の興味は唯一つ。僕の聞いたことのないモノ、君だけのモノを聴くことだ。人の真似など聴く気もない。君は彼らほどの腕前はまだないのだから。君だけの表現の仕方で「なんじゃこりゃ?」と僕に言わせるような演奏を聴かせてほしい。それだけだ。 

 

そしてこれこそが、ジャズの演奏を難しくしている原因なんだ。今在る物に変化をつけることは難しいことだ。例えば、普段の僕と君との接し方がある。それがある日君が僕の処へ来て、僕の肩に手をポンと置く、なんて、一度もしたことがないことを君が突如したとしよう。そして君がこんなことを言う「おい、チョット話があるんだけどよ」あっという間に僕の注意力は根底からひっくり返されてしまう。僕のリアクションは「何でそんなことするの?そんなこと今まで一度もしたことないのに、力関係をひっくり返したか?」とまぁ、これがジャズで君がすべきことだ。君のやり方に、お客をついてこさせないといけない。一番上手なやり方は、演奏する方も聴く方も、「やってみたらいいんじゃないか、と思うけれど、やる勇気が無くて誰もやってない」ことを、やって見せることだ。 

 

さて、ここいらで止めておくよ。ペンを握り続けて指が死にそうに痛い。それと皆がサンドイッチを食べていて、ブッシュ大統領とその側近達のことで喧々諤々やっているよ。早めに返事を待っている。今日の内容を君がどう理解したか、教えてくれ。誰かをつかまえて、ツナサンドを持ってこさせなきゃ。あとアンソニー、最後にもう一つ。ジャズの演奏を諦めるなよ。絶対に。文字通り、君の演奏を諦めるな。ステージに上がったら、自分の演奏は自分ではわからない。自分ではひどい演奏だと思っても、実際は最高のパフォーマンスができているかもしれない。だから、君の演奏を諦めるな、と言っている。そしていつも心に抱いていてほしい。レスター・ヤングの言葉「ブルースを演奏できないようでは、何も演奏できない。」 

 

歌い続けなさい。 

 

<訳注> 

You have to think like the blues. Yes, things may be bad, but they're gonna get better. 

(from “Marsalis on Music”) 

 

 

 

 

 

 

自分の立ち位置に対する思い上がり 2003年82日  

 

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親愛なるアンソニー 

 

今日、バーモントへ向けて出発した。優しいヴェスのとっつぁんは、サックスの名人だが、コーヒーの淹れ方も世界レベル。今コーヒーを淹れ終えて、スウィングの効いた曲を車内に流してくれた。その曲の流れ具合が、乗っているバスのエンジン音にうまくハマって、不思議とほっとするような、そして打ち解けった気分になる。言い争いでも、建前と本音が一致していると、スムーズに進んでいくけれど、あんな感じだ。 

 

今朝これを聴いて、君にじっくり考えてもらいたい問いかけを思いついたところだ。チャーリー・パーカースタン・ゲッツマイルス・デイビスシドニー・ベシェといった人達のサウンドに、一貫して存在する美しさ、これを生み出すものは何か?今朝僕達が聴いたのは、ソニー・スティットジョー・ヘンダーソンだ。二人には通じるものがある。アメリカ人以外の奏者にも、それを見い出せるだろう。世界中のジャズを愛する輩どもが、自分にもそれがあるぞ、と言ってくるはず。今日君には、この答えを探す旅路を歩いてもらう。他人の事より自分に厳しい基準を課すこと、自分を厳しい目で見つめることに耐えること、人間なら誰もが持つある程度の傲慢さを克服すること、これができれば、もしかしたら、その「一貫して存在する美しさ」の答えと出会えるだろう。 

 

(56ページ) 

 

ギドン・クレーメル、ザギール・フセイン、あるいはマリア・カラスといった人達の演奏や歌声を聞けば、どんな音楽の世界にも名人・達人がいるんだ、ということが君にもわかるはずだ。そしてまた、彼らのサウンドに、一貫して存在する豊かさを見出すだろう。それでもってビリー・ホリデーの歌声にも素晴らしさがある。優劣じゃない。単に種類が違うだけ。ジャズ特有の一貫したものだ。ジャズのトランペット奏者達に目を向けてみよう。ルイ・アームストロング、ロイ・エルドリッジ、ディジー・ガレスピーマイルス・デイビスフレディ・ハバード、ウッディ・ショー。違う音楽の世界を見てみれば、そこにも素晴らしいジャズのトランペット奏者達がいることがわかる。例えばファッツ・フェルナンデス。彼は偉大なアルゼンチンのトランペット奏者だ。地理的に、時代的に、あるいは文化的に分け隔てられていても、彼らの音楽には依然として一貫して存在する美しさが息づいている。彼ら名手達を結び付けるものは何か?程度の差はあるが、そのありかを教えてあげよう。もう一度聴いてごらん、ほら、君の目の前にあるだろう。サウンドに込められた感情の中に在って、奏でる音楽の核心をくっきりと描いている。それこそが、君が自分のサウンドに取り込むべきものだ。それは情熱。ではどうやって取り込むか? 

 

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まずは、君が物事をどの様に捕えているかを見直してみよう。人間誰しも、自分の根底にある本当の姿を、、どうやって見ずに済ませようか、ということに、あまりにも時間をかけすぎている。どうやったら、自分の欠点を無視して、ひとつの世界を作り出せるか、その方法を何とか解き明かそうとしながらね。ジャズのことに当てはめると、こうだ。ハーモニーの聞き分けが上手な人は、決まって、曲調の変化が激しく、でも他には何もないような曲を好んで演奏する。あるいは、ハイトーンが出せると、そういう曲ばかり好むようになる。テンポが突っ込みがちな人は、指回しの速い曲ばかり演奏する。スウィング音楽が好きな人達はビーバップを拒否するし、ビーバップの愛好家達は「ジャズミュージシャンたるもの、ビーバップだけが学ぶに値する」と言い張る始末だ。 

 

例えば、アート・ブレーキー門下のミュージシャン達と話してみると、彼らはこう言うだろう。「マックス・ローチは大してスウィングはできなかったし、テンポも走り気味だった」 

とね。逆にマックス・ローチ派のミュージシャン達と話してみると、彼らはこう言うだろう。「あのね、こいつらブレーキー門下の連中は、弾けるけれど、知的センスが足りないんだよ」とね。結局、誰もが自分にとっての真実を懲り固めてゆきたい、ということだ。もしかしたら、世の中に在るものは全て正しい、と言う事の方が、より立派な真実じゃないかと思うね。でも君の目指すところの為には、名人達人のやり方が、互いにどこがどう違うかなんてことは、大して重要ではない。互いに相通じるところの方が重要だ。マックス・ローチからも、アート・ブレイキーからも、君が学ぶことはある。問題はこうだ。「君自身のスタイルというものをしっかり作り上げて、君にとっての心からの真実を表現してゆく気はあるか?ハッタリの哲学だの概念だのを口にして逃げようなんて思ってないだろうな?自分の元いた安住の地を捨ててでも惚れ込んだものへと近づく、その方法はちゃんとわかっているだろうな?」とね。 

 

(58ページ) 

 

アンソニー、君は大都市からは完璧に離れているオクラホマの子だ。でも、今やここニューヨークで演奏活動をしようとしている。君は実に大きな犠牲を払ったわけだが、これから君は、これより更に大きな犠牲を払って、君自身の内面の奥深くへ入ってゆく。君が成すべきことをして求めるものへと近づいてゆくためだ。こういった犠牲を払うとか、払わず逃げるとか言う考え方は、何も音楽に限ったことじゃない。友人達のこと、自分が産んだ子供達の事でも起こりうる。アメリカで人種問題に関する話題が上がれば必ず付きまとう。君の人生での決断の場にも、いずれやってくる運命にある。これに実際のところ、どのくらい惚れ込んでいるか?そのために何をどの位諦めるか?今まで未練がましくしがみついてきた不安定な拠り所をバッサリ切って、信じる力をフルに発揮して戦いに飛び込んでゆく気はあるか? 

 

僕達はジャズミュージシャンとして今の時代を生きている。そして今の時代、僕達が取り組むジャズ音楽に対する評価は、「黒人プレーヤー?白人プレーヤー?」ではなく、実績によって決まる。かつて影響力のあった社会的慣習は、もはや関係なくなった。ジャズはCDに録音され、多くの人々がそれを聴いて、意見を交わしている。でもジャズをしっかりと演奏する人というのは、実は殆どいない。ジャズとしっかり向き合い、内面を掘り下げて、取り組み続けるジャズミュージシャンの数は、多くはない。結局僕達は、ライターや雑誌記事、昔ながらの批評家を気にして、そして友達が応援してくれなくなったらどうしようとか、仕事をもらえなくなったらどうしようとか、を心配する羽目になってしまっている。音楽とは全然関係のないことに振り回される。これが人生の現実だ。そして何より、もっと僕達を振り回すのは、実は、僕達自身の心の中にある「とことん危険を冒すことは避けたい」という気持ちだったりする。思わず言ってしまう言葉「チョコチョコっと仕事が出来れば御の字。」こんなことに甘んじないでほしい。人にいいように使われるのがジャズの演奏じゃない。たとえ自分に辛い結論が出ようと、物事をしっかり理解し演奏に全てをかける、これが大事だ。 

 

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「一貫して存在する美しさ」の話に戻そう。君の演奏スタイルやサウンドにもそれが欲しいなら、自分の立ち位置に対しての思い上がりの心から抜け出すことだ。「思い上がり」といっても、僕や先生、ご両親や君の関係者に対して、偉そうにするな、とか、そういう話じゃない。自分を過大評価するな、ということ。何気なく鏡の前に来て、自分の顔を見てしまったら、汚い顔をしていた、なんてことあるだろう。予想外の酷さを思い知る。良くある話だ。でもそれは、君が自分の立ち位置に対しての思い上がりの心から抜け出すきっかけなんだ。 

 

ジャズ音楽の持つ力は、君を君自身の根っこの奥深くへと誘い、そことの結びつきを保ってくれる。浅はかな人生論だの、お手軽な物事の進め方だの、君が今の世の中で目の当たりにすることの多くは、自分を見つめないで済むようにできている。でも僕は君に、自分の立ち位置に対しての思い上がりの心から抜け出してほしい。そうすれば、音楽のサウンド(本質)を愛する心へと辿りつけるからだ。そして、君が名人達人の音楽から聞き取った、形のない、一貫した美しさについて、君だけが手にする美しさというものを追い求めること。それはひいては、自分を大切にする心になってゆくんだ。 

 

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数年前、カーネギーホールで、大御所ソニー・ロリンズが若手の奏者達と一緒に演奏しているのを聴いた。父と僕は、伝説のベース奏者パーシー・ヒースと一緒に客席にいた。ヒースが言ったことを今でも覚えている「若い連中のやることは分からん。」これには父も、「そうねぇ、年寄とは違うんだよな」と言うしかなかった。 

 

あるサウンドについて、それがどんな音がするだろうと期待され、実際に鳴ってきた音があったとしても、それはそのサウンドを実際に鳴らして見せたプレーヤーの、世代全員がそうだ、ということではない。他に同じサウンドを鳴らすプレーヤーがいたとしても、多くは、各々自分のサウンドを持っている。物事は個々に捉えてゆくべきものなんだ。若手のプレーヤー達ができて、年配のプレーヤー達が今できない、あるいは若かった頃できなかった、そういうことは確かにある。しかしサウンドというものは、その中には含まれない。それは明らかだ。でも年配のプレーヤー達は、どんな努力を積んで自分達のサウンドをモノにしたのか?もし君が自分のサウンドに、そんな風に個性を持たせるとしたら、何をすべきだと思う?音階練習をやれと言っているわけじゃない。今ここで話していることに対しての、記述的な解決策なんて、あるわけがない。それは保証するよ。ディジー・ガレスピーのアンブッシュア(吹く時の口の形)を見てごらん。こんなに酷いのは見たことが無いんじゃないかな。一生涯、演奏に影響が出てしまったんだって。でも彼にしか出せないサウンドが溢れんばかりにあったことも事実だ。ドラムスについても同じような話がある。1980年代にマックス・ローチと一緒にマスタークラスを開催した時のことだ。今でも覚えている。彼は秘伝の技を一つ教えてくれた。ほんの少し、柔らかなタッチで、ドラムセットのシンバルが歌っているようなサウンドを鳴らして見せたんだ。その美しさは、楽器自体が持っているサウンド。これが聞こえてくることが極意だ。君ならどうする?そういったものをサウンドに取り込む方法は何だと思う? 

 

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まずは「抱きしめてあげたいくらい、好きになって受け入れる」という気持ちが出発点だ。「このサウンド、この奏法、大好きだぁ~」と言わんばかりにね。すると、資金投資をした時のように利益が生まれて、そして新たな需要も発生する。「受け入れる」という気持ちを持つことも、大事なお金を投資することも、君の気持ちが真剣であることの表れだからね。例えば君が奥さんと長年連れ添ったとする。彼女について知っていなければならないことが、あるだろう?誕生日、好きな食べ物、実家の家族構成、一番尊敬する恩師、勤務先のビルのフロアと出勤時刻。知らないと大変なことになるだろう。でもその前提として、彼女に対する愛情や、そういう情報を把握しておきたいという動機や気持ちがないとね。そして行動に移さないといけない。でなければ、いくらそういう情報を集めても何にもならない。FBIに個人情報として提供する価値しかない、って感じ。 

 

ジャズに取り組むことは、これととてもよく似ている。技術的なコツなんて、上っ面ということさ。好きだという気持ち、やってやるぞという動機づけ、そしてできるようになりたいという希望が心の中に在ること - 心とは、困難を恐れない勇気と、全てを歓迎する愛情のことだ。君に教わっている子がいるとしよう。その子に向かって、ロングトーンやって!一番小さな音量で一番響くサウンドが出せるようにするためだよ!一つの音を一分間のばして!こんな練習誰もやりたくないだろう。そんなロングトーン練習をしても、ひたすら「ブー」となっている楽器を抱えて、そこに座っているくらいの意味しかない。誰がこんなことしたいと思う?死んだ音を聴いて、そこから何かを見出したいなんて、誰も思わないだろう。 

 

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勿論、ロングトーンは大事だ。でもそのロングトーンは、君自身を表現するものでないとね。今の時代、芸術活動は、精神的な側面をしっかりと表現してゆくことが、昔と比べて重要視されてきている。それがないと、ジャズなんて無意味だ。それがあるから意味があるし、君が内にこもらず色々なことに挑戦しようとする動機付けになってゆく。君が、長年連れ添った奥さんを心から愛しているからこそ、彼女の全てを知りたいという気持ちになるだろう。愛する気持ちが、まず最初。「これを知った。それじゃ次に愛そう。」ではない。「ピアノを弾きたい」とは言うだろう。でも、こうは言わないはず「ハ長調の音階を弾きたい。代理和音を弾きたい。テロニアス・モンクの奏法を研究したい」。言うとしたらこうだろう「モンクのサウンドっていいよな」。それにしたって、最初に来るべき動機付けは、精神的なものだろう。こんな具合に「あの雰囲気を自分のサウンドで出したいな」。 

 

まっとうな技術を身に付けている、ということは、君の姿勢がそこに現れる。技術なんてどうでもいい、などと思っているようなら、やる気があるとはいえない。体調が万全でないのに試合に来る連中みたいだ。相手チームは君をコテンパンにやっつけて、その後は、君のことを「穴」として、とことんそこを突きまくってくるだろう。体調管理というチームのルールなど守ってられるか!と言いたかったのだろうが、君の怠惰から来た自業自得というやつだ。試合が大好きだ、などと言い出す資格はない。試合が大好きなら、体調を整えてきたはずだろう、という話だ。 

 

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そして愛する気持ちは、僕達が何をするにも欠かせないものだ。そしてその愛する気持ちがあればこそ出来る物事への準備や自分の全てをかけることを、自分や他人にやって見せるもの、それが「技術を身に付けている」という状態だ。例えばバッハの話。オルガンの名人の演奏を聞きに400キロも歩いて出かけた。どうしても聞きに行きたいから、足なんて全然痛くないよ、というわけだ。あるいはベートーベン。難聴になって完全に何も聞こえなくなってしまった。長い間作曲を休んで自問した「作曲なんてやる価値があるのだろうか?それも大仕事をするフラストレーションを味わう羽目になりながら?」そして苦しい無音の心の暗闇から、彼は立ち上がった。紙を一枚取り出して「よし、やるか」と言い放った。しかし今や暗闇は更に深く、その分決意もより強固。音楽を愛する気持ちへの試練と向き合っていた。 

 

偉大なミュージシャン達が、自分達の音楽を創り届けてゆくために、どんな戦いがそこにあったと思う?デューク・エリントンは、人種差別や偏見、そして採り上げてもらえない辛さと戦った。資金面でもバンドを維持してゆくのに、私財を投じなければならなかった。どんなものでも偉大と呼ばれるものには、目に見えない所に苦労がある、ということさ。ジャズが払った犠牲をしっかりと見ておこう。レスター・ヤングというテナーサックスの大御所は、酒が基で寿命を縮めたけれど、同時に1940年代の兵役中に受けた様々な理不尽な仕打ちに、生涯苦しめられたんだ。コールマン・ホーキンスはテナーサックスの父と呼ばれているけれど、酒が原因で肝臓を患い亡くなった。バンドは麻薬。モンクは世の中が嫌になり、精神崩壊を起こしてしまった。所属していたコロンビアレコード社から、ビートルズの楽曲をレコーディングする依頼を受けていた時だった。彼ら全員、まだまだ名前を挙げればキリがない。皆、逃げ場のない、そして不本意な人生の終わり方だった。ジェリー・マリガンがかつて僕に言った「ジャズは俺達から色んなものを引っこ抜いていきやがる」。何て痛々しい、でもそれが現実なんだ。 

 

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彼らが亡くなったのは、人生に向き合えず悪事に走ったからじゃない。戦ったものの凄まじさに、心身ともに焼き尽くされてしまったからだ。仕事の重圧、そして、彼らの業績の素晴らしさは誰の目にも明らかなのに、世間の心無い拒否反応が凄まじかったこと、これらに彼らは太刀打ちできなかった。ジョン・ルイスが、かつて僕に質問してきた「君はどうやってプレッシャーに対処しているのかね?」僕は笑ってごまかしたけれど、彼はこう言って僕に忠告してくれた「甘く見るな。君を壊しかねないから言っているんだ。チャーリー・パーカーにしたって誰にしたって、若い頃は皆、立派な向上心に燃えていたんだから」。 

 

こういったミュージシャン達が、自分達とその音楽に向けられた拒否反応について、語り感じたことの中には、大切なことがある。それは実際にあった話であり、ジャズが届けるものに立ちはだかるものだ。スコット・ジョプリンの時代から、バードやデューク・エリントンの時代を経て、今日に至るまで、僕達は様々な力と戦い続けている。その力とは個人のだったり組織のだったりするけれど、その敵意の矛先は、ジャズの真相、つまり、アメリカの黒人に付きまとう真相、その経験が実際どんなものだったかに向けられている。この国の根底にある血にまみれた苦難と、注目すべきそこからの立ち直り、アメリカ全体を包み込んでしまう民主的な合意、これらは、長年拘束されていた天才のなせる業だ。アメリカの事なら何でも知っているフィル・シャープによると、アメリカを一つにまとめた最初の国民的娯楽は、ジャズであり、野球ではなかったんだって。 

 

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もしジャズがこういったことの真相を語る、というなら、アメリカは黒人はどうなんだろう?アメリカ社会がすべきこと、できることは何か?公民権運動をしたじゃないか、と言うのは簡単。では黒人は?芸術分野の支援など何もしていない彼らには、変化など起こせるのか?多くの人々にとっては、ジャズの真相から目を背けたり、「ッジャズなんて滅びる運命だ」と決めつけて根本を攻撃する、こちらの方が楽だ。あるアメリカの新聞は、こんなことさえ公然と記事に載せた「ジャズの大きな革新は、今やヨーロッパに全て委ねられている」。やれやれ、現実逃避しよう、というわけだ。ジャズに対する見方を変えてしまったり、滅びるようなことをしようというなら、それは、国家が黒人に対してしでかした犯罪的行為の罪を軽減してしまうことにつながる。 

 

そんなことをしたら、アメリカが抱える大きな問題の解決から、また一歩後退してしまうだけだ。どうすれば国民が一つにまとまるか?過去のことも大方背負って共に歩んでゆくには、どうすればいいのか?先人達を見てみよう。「Jewish Daily Forward」という新聞の、1919年の記事:ジェームス・リース・ヨーロッパのニューヨーク凱旋パレードが5番街で行われたことを報じたものだ。第1次世界大戦でのアフリカ系アメリカ人の大活躍への感謝から実施されたものだ。ベニー・グッドマンの1938年のカーネギーホールでのコンサート:白人の彼は、カウント・ベイシー楽団とデューク・エリントン楽団の黒人メンバー達と共演した。デューク・エリントン作曲の「New World A-Comin」(新世界の到来)。ルイ・アームストロングは黒人中心の彼のバンド「オールスターズ」に、白人トロンボーン奏者のジャック・ティーガーデンを起用した。アメリカの大半が分断社会だった頃にね。こういう思いを込めた作品は、デュークの曲の他にもある。コルトレーンの「至上の愛」、チャールス・ミンガスの「Fables of Faubus」(フォーバスの物語)、マックス・ローチの「Freedom Now Suite」(組曲)、ソニー・ロリンズの「Freedom Suite」(組曲)、デーブ・ブルーベックの「リアル・アンバサダーズ」などだ。 

 

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さて、アントニオ君、君が理解すべきなのは、こういったジャズの真相、君が認識すべきなのは、こういたジャズに対する逆風の理由と、その逆風に懸命に対抗してきているミュージシャン達の戦う理由ですよ。これを理解し自分の糧にすることが出来れば、ジャズとの距離はうんと狭まるだろう。でも出来なければ、そもそも逆風の存在を感じ取れないなら、先人達のメッセージに興味がわかないなら、現実味が無いと思うなら、君は一生答えは分からないだろう。世間のあらゆる不条理に疑問を投げかけ、君が見つけようとする真相中の真相を追求すること。これ以外に道はない!という所まで君の気持ちを持ってゆかねばならない。思い上がりの心を通り過ぎて、自分のサウンドを愛する心を持つこと。そうすれば必ず、サウンドにそれは出てくる。そして音楽のソウルの、そのまた中心に君のいるべき場所を見出し、「一貫して存在する美しさ」の一つに手が届くだろう。君以外の人間は何もしてやれない。外野で怒ったり喜んだりするだけさ。 

 

アイルランドの大詩人、イェーツの一節「夜明け、そしてろうそくは尽きぬ」 

あ、もう朝の6時だ・・・。 

 

 

 

 

6.門番は誰が 2003年8月14日   

  

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親愛なるアンソニーへ  

元気にしているかい?君が最近くれた手紙にはビックリしたよ。君が心底怒っているように思えたから、二度読み返さなきゃと思ったところだ。それもこれも、手紙に添えてあった、あの記事のせいなんだね?僕もあの記事は読んだ。大して動揺なんかしないけれど、僕もこういうのには慣れてしまったのかな。こんなのでガタガタ騒ぐなよ。僕が何とも思っていないのだから、君がイラつくことはないだろう。実際、僕なんか気分良くしているよ。だってそれは僕に対する敬意の表れだからね。と言っても、僕の音楽に対する敬意じゃない、ハッキリ言って。こういう連中の大半が、実際に僕の演奏を聞いたことがあるかと言えば、そんなことは無いんじゃないかと思うよ。今の時代の文化の中で、僕がどういう状況なのかへの、敬意の表れなんだろうね。ここ数年に亘り、僕の実際の演奏に対しては、批判なんか滅多にない。単にジャズについてどう思うかという意見だけだ。何にしたって、批判など全然うけず、もてはやされてばかりいる、なんて言ったら、君ならどう思う?退屈この上ないだろう。世間の向かい風にスリルを感じたかったら、厳しい批判に慣れておかないとね。皆くぐってきている試練だよ。ただし、問題は何をやり玉に挙げられているかだけれどね。  

   

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批評家が僕をやっつける時、「門番」という言葉で揺さぶってくる。まるで僕が、ジャズという神殿の入り口に立ちはだかっているかのようにね。実際は、批評の内容は、それとは 関係が無かったりする。ほら、頭の良い人達にとっては、話のお題目というのは、内容をストレートに表現しないよう、工夫したものにしなくてはいけないみたいなんだ。そしてお題目に書かれていることは、話の本筋では全然なかったりする。「アファーマティブアクション」と言うと、人は敏感に反応するよね。でもそれは、話の本筋ではない。本筋はそもそも、昔の奴隷制に端を発している。就職活動や学校教育、差別を受けたことへの補償、尊厳を否定されてきた因習のことが、そもそも本筋だ。なのに「アファーマティブアクション」と言う言葉が独り歩きしている。ある時は、就活や入試なんかの人数枠の話になってしまうことがある。でもそれだって、話の本筋ではないんだ。本筋は、これまで交流を持つことがいけない、とされてきた人々と、プロアクティブな(物事の先を良く見据えたうえでの積極性)関係を持ってゆこう、ということなんだ。でもそこを論じる人なんて殆どいない。むしろ、人数枠のことだの、バッキ判決のことだのを論じようとする。アンソニー、言葉と言うものは、独り歩きを始めてしまうと、本来の意図からかけはなられる羽目に陥る。一番肝心なことは、同じアメリカ人でも仕事がある人々とない人々がいる、ということだろう。面倒な問題は、みんなで考えていくようにしないといけない。  

  

ジャズに批評家連中に、門番なんて言われてやっつけられると、いつもこう言いたくなる「門番て、何の?」とね。すると彼らは僕のことを、ジャズの体制そのものだ、という。たった一人の人間、たった一つの小さな組織のことを「体制」だってさ!「体制」には何千もの関連業務や業界誌があり、大事な談話が発せられたり、歴史や伝統だってそこにはあるものだよね。みんなひっくるめてジャズというものだろう。そんなのを僕一人に丸投げなっか、誰もしていないだろう。そうだな、おそらく、ゲスな批評家ってさ、自分から見て、中あるいは中の上の組織に対しては、攻撃的になるのだろう。結局傷つくのは彼自身なのに。一人の黒人が率いる、ありもしない「体制」なんていうものよりも、攻撃の対象にした方がマシなものがあるだろう。考え方が安っぽい。人件費を安く済ませようとして黒人女性を雇おうとするみたいなやり方だよ。  

  

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こういうやり方は、ヘッドフェイクでもある。「体制」とは、頭のおかしな連中を指す。本当の処、人種、ジャズ、そしてアメリカの国内問題が話題に上がる良くあるパターンの会話の中には、その概念全体があるわけではなくて、門番をしているのは本当はだれなのか、という問いへの答えの中に在る。ミュージシャン達か?それともミュージシャン達にあれを演奏しろ、これを語れと命令することを長年の仕事にしてきた連中や組織か?言葉のヘッドフェイクの良い例を教えよう。ニューオーリンズのミュージシャン達は、自由を謳歌する音楽形式を発明し、彼らはそれを「ラグタイム」あるいは「ジャズ」と呼び、場合によっては「ディキシーランド」などと名前を変えたりする。ディキシーなんて言葉は、南部出身の黒人ミュージシャンにとっては、南北戦争の時に自由と相反するものとされたものじゃないか。でもね、ほら、それを自分達の発明した音楽の名前にしてしまっている(そして誰も疑問に思わない)。ある人が、何かの取材インタビューで「僕はディキシーランドなんて演奏しないし、ディキシー(自由を敵だとした、かつての南部)なんて嫌だ」なんて発言したとしたら、こいつは体制そのものだ、とか、面倒臭いヤツだ、となるわけだ。わかるよね?何のことか(訳注:ウィントン自身のことです)。  

  

腰の据わったミュージシャン達やアーティスト達が関わっていない所で、ジャズがどのように人手に渡っているかと、そのいきさつを話そう。これから話すことは、これまで僕達がステージに立ったフェスの多くに顕著に見られた現象だ。そしてそれは、近頃のジャズに対する定義をした人達に、大いに関係がある。どんな芸術形式にも意味があって、それを考察し、深く掘り下げる方法を解き明かすのに、人は多くの時間をかける。サンバからフラメンコから、何百もの音楽形式があって、それぞれに愛好家がいて、正規の教育体制があり、そこに学ぶ人達がいる。中には発展を続けたり、他の形式と合わせるものもある。学派や流派が数々誕生する。人々は本を書き分析をすることに時間を惜しまない。ついには、演奏者と研究者は、自分達の音楽はこうだ、という一つのものを打ち出し、更にセンスに磨きをかけてゆく。  

  

こういった芸術形式は全て、教え伝えるに値すると認められた意味を、何かしら持っているというのに、なぜジャズにはそれがないんだろう。ジェフ・ウォードはこう言っている「jazzという語は、英語の中で唯一、語義を持たないものではないだろうか」。それとも逆に、あらゆる意味を持つくらい、広すぎる語義があるとか?他にもこういう音楽形式があるのかどうか、僕にはわからない。音楽ジャンルの中には、定義があまりに広く流動的で、本質的な意味自体がなくなっているジャンルとか、またそれを良しとするファンが多くいるジャンルとか、そういうのがあるのかどうか、僕は知らない。なので、僕は一晩のプログラムが全曲ファンクビートでもホーンセクションを加えている。そしてジャズを演奏する。エレキロックをやる時もサックス奏者を入れる。そしてジャズを演奏する。ラッパーの中には、楽器奏者を少し加えて管楽器にソロを持たせるプレーヤーもいる。そしてジャズを演奏する。となると、ジャズとは一体何だ?ということになる。  

  

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さて、本物のジャズと言えば、演奏する方がちゃんと形式に則って、ブルースによって演奏しスウィングするわけだが、一部の所謂「専門家」連中からすると、古臭くて死んでいる、というわけだ。彼らに言わせれば、今の時代にあって、ジャズはたゆまぬイノベーションが必要で、今のままでは、注目に値し後世に残る価値のある業績は何もないんだという。ファストフード型の音楽形式。こんな言い方をすると、僕はイノベーションに反対しているように思われてしまいそうだけれど、実際僕は、何でも物事の意味を知れ、と勧めているし、そうすれば、まずはともあれ、イノベーションが必要かどうかが、それでわかるというもんだ、といつも言っている。意味の解らないものを目の前にしたって、それに対してイノベーションも何もあったものではないし、意味のないことだと分かれば、時間を無駄にせずに済む。  

  

ジャズは薄っぺらなものになってしまっている。そして面白いことに、そうなる過程で出てきた代替の音楽の中身は全て、厚みが増しているなんてことは、全くない。全て薄っぺら。大衆受けするメロディを使わないとどうしようもない和音形式のコンテクストでは、ブルースのフィーリングも薄っぺら、スウィングも薄っぺら、インプロバイゼーションも薄っぺらだ。型にはめられない自由が増えるぞ、と幻想を抱き、そして厚みが減っているジャズが手元に残る。それでもなお、自由が増えれば、ジャズの中身も増えると思われている。じゃあ、自由が増えて、なぜジャズの中身は薄っぺらなの?ジャズはどこでどうしているの?  

  

専門家の連中に言わせると、本物のジャズを演奏できたのは、全て前の世代の人達。でも今はもういない。だから今の僕達には多くの自由が手に入ったのだろう。と、こういうワケだ。それじゃ僕達は、次の世代に何を教えたらいいんだろう?専門家や批評家の連中が言うように、本物のジャズを演奏できたのは、全て前の世代の人達だけ、というなら、それを次の世代にやらせたい、というの?でも専門家や批評家の連中の話では、古き良きスウィング・ブルース・ソウルフルな音を形にしても、今やそれらはカビ臭いと言うよね。だったらジャズは、もはや何の意味も持たない、ということだ。それとも何か?次の世代には、より多くの、いわゆる自由と言うやつを与えたいというの?こんな感じで。「さぁ、若きジャズミュージシャン達よ、君達に自由が増えれば、ジャズは薄っぺらになるけれど、気にするな!だって、どちらにせよ、ジャズとは決まった意味はないモノなのだからな!」。そんな物の考え方が身についてしまっている子達に、どうやってジャズを教えればいいの?と言う話だ。それで次が、この話のオチ、なんだってさ「ジャズなんか教えるな!発達してゆかないモノなんだったら、ジャズは死ぬしかないだろ?え?」。でもそうだとしたら、あらゆる音楽がジャズと言えるものになれるのは、なぜ?食べ物の中に含まれる塩分じゃないけれど、形は消えてもなくなっているわけじゃないから、あらゆる音楽の中にジャズは息づいているのでは?  

  

要はこういうこと。批判的な論調の人達が決めつけたジャズの定義のせいで、ジャズは自分で自分の首を絞めるように仕向けられてしまっているんだ。なぜなら、ジャズが存在するのは、たった二つだけ。今は亡き巨匠達の演奏フォームか、今やジャズとはほとんど言えないような演奏スタイルか、どちらかの中にだけ、ということだ。もはやジャズは沢山だ - やったね!自由に他の文化の音楽をメチャクチャに演奏して「これはジャズだ」というもよし、自由に、バックビート系の曲を何でもかんでも演奏して、「最先端のジャズ」というもよし、自由にヨーロッパの前衛音楽を何でもかんでも演奏して、「新しいジャズ」というもよし(笑)。でもまともにスウィングやブルースなんかやっていてはダメだぞ(笑)。それだけでは、今のジャズを作ってゆく中では、ストップがかかってしまう(笑)。何しろ「今は亡き巨匠達」が、君より前にやってしまっているのだから(笑)さあて!ディキシーランドの話でもしようか!(笑)ホットトディ(酒)でも飲まなきゃやってられないよ!(笑)こんな音楽、薄っぺらにして息の根を止めてやろうじゃないか(笑)どうせ最初からそれが目的だったんだろう?(笑)ジャズなんか教え伝えてゆくものじゃない(笑)そんなことをしたら、前に話した「偉大な真実」にめぐり会ってしまうし、それは「大いなるウソ」とかち合うことになる。その「大いなるウソ」とは、世の中には生まれながらにして客観的に見ても他より劣っているがゆえに、虐げられて当然という人達がいる、ということ。どんな人種であろうと起こること、と信じられている。今の時代は、人種間で、でも様々な時に性別間でも民族間でも起こることかもしれない。でも、このジャズという音楽ってやつは、いずれ「神が選ぶもの」と言い出しかねない。でも、そのメッセージを誰が伝えることになるかを決めることが出来る人なんて、この世にはいない。  

 

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ここまで話してきた、この二つの力は、どうしたら相容れるようになるのだろうか?ジャズの演奏に飢えている若いミュージシャン達の層が、数も質も厚くなっているのと同時に、ジャズの希薄化も進んでいるという。矛盾しているように見えるけれど、これがいつの時代も現実だ。デューク・エリントンの作品を、雑然としているという人達もいた。ルイ・アームストロングの演奏をコケにする人は沢山いたが、同時に別の人達は「サッチモは要チェックだ」としていた。  

  

残念なことに、今の時代、自分の主義主張をしっかり言う人は以前より少なくなってきている。だから真剣に物事に取り組む人達には、以前より多くのストレスがのしかかっている。今の文化は歯止めの効かない堕落と共に、キチンとした知性の在り方の衰退を経験している。堕落の程度が大きくなると、これと戦う「勇敢さ」も、より高いレベルが求められてくる。何せ、その報酬が割に合わないからだ。そして真剣さは、ストレスによる心身の崩壊のリスクを高める。その間、ずっと死ぬ思いをする可能性もある。君も昔は、自分の視界に入るモノに手を付ければ、自分なら必ずや目に見える違いを実現してみせる、という幻想を抱いていただろう。でも自分の目標に着手している間に、君の敵もまた攻撃のネタを準備している。君が戦略を練っているからというだけでは、奴等は準備の手を止めはしない。酷い話だよ、まったく。批判しようとする心が、君の真剣さを試そうなどとういう考えを増長して、君が真剣であれば、尚更それを止めない。止むのは、二つの時だけ。一つは君がトップアイドルに登りつめた時。もう一つは、年を取って役に立たなくなって干される時。リーマスおじさん(ディズニー「南部の唄」の原作)じゃないけれど、女の子達を見つめるけれど、手は付けない、みたいな感じだ。  

  

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アンソニー、さっきのディキシーランドの話は、アメリカの民主主義の言わんとすることと、照らして、並べて、見比べてみると、とても皮肉なものに見えたんじゃないかな。これだけ多くの人々、とりわけ白人が、ジャズをアメリカが誇る音楽として実際に受け入れているのに、このジャズに対する逆風の圧力は、どこから来るの?と言う話だよね。結局、敵対的発想が根底にあるんだよ。少なくとも、あのジェリー・ロール・モートンの時代からね。彼は、自分は出版社に搾取されてた、と言っていたけれど、ずっとその流れは今日まで、黒人の平等問題について書かれることや、モートンを過去の遺産として封じ込めてしまう、といった具合に続いているんだよね。でもそれがアメリカ社会における日々の生活の現実であり、国の歴史を表している。それは繰り返されていることだ。南北戦争の結果行われた、国の再統合、公民権運動の結果論じられるようになった「アメリカの再生」。  

  

アメリカの歴史では、黒人と白人は歩み寄っては離れてゆき、そのたびに、両者が最接近化した地点が巡り廻って同じ地点が、次は近くなってきている。でも現代もなお、人種の平等は上手くまとまった、とはいっていない。僕もついつい「クロンボ」と言ってしまうけれど、何せこの言葉は、ジャズでもアメリカの人種問題を扱った文学作品にも見受けられる独特なものだからね。そして白人と黒人はお互い好きだと思う人達もいれば、その逆もいる。でもね、本当のことを言うと、ジャズにしろ、芸術活動そのものに興味を持っている黒人なんて、ほんの一握りなんだ。  

  

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そしてこれはジャズに限ったことではない。教会音楽に何が起きたか、見てみよう。今時のゴスペルの最新曲を何か聴いたかい?ロックのリズムだの、腰を振ったりだの、まるで土曜の夜のパーティーだね。他に、教会の礼拝活動についても、ロックのPVやら、バスケのシューズのコマーシャルやら、あらゆる所でおふざけのネタになってしまっている。そのうち裸踊りでもやりかねない勢いだ。神聖さが希薄になってきつつある。歯止めがかからなければ、いつか無くなってしまうのは、油田と同じ。皆に行き渡るくらいある、と思っていても、いつか必ず枯渇する。無限にモノは存在しない。残り100年としても、最後の瞬間は予告もなくやってくる。それで終わりだ。問題解決は今この瞬間にやろう。特に文化のことについては、待ったなしだよ。文化の低下は避けられない、なんて僕は思わないし、思ったこともない。世の中は変えることが出来るし、変えようじゃないか。君達若手ミュージシャン達は、何か行動を起こさないとね。このことについて、もっと話そう。  

でも今夜はここまで。僕はもう寝る。君は練習に取り掛かり、世界を救うことを考えること。  

 

おやすみ。  

 

 

 

 

 

音楽とモラル 2003年8月31日  

 

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親愛なるアンソニー 

僕達の間で交わしているこの手紙は、毎回音楽のことや、一種の哲学の格闘技みたいなことを話題にしているね。格闘技の方は、君は君の面倒な連中とはやりたくないだろう。こういった話題ばかりいつも語り合っているけれど、君の方は上手くやっていることを願うよ。せめて君にとっての利害関係にからまない所だけでもね。 

 

でもね、ほら、僕だって毎日の終わりに頭をリラックスさせようとする時には、君からの大きな質問と格闘するのはカンベンしてくれよな。最後にくれた手紙で、いい質問をひとつしてくれたね。また僕を荒波の海へと引きずり出そうとしているな。フリージャズは全て堕落だと思うか?こんな質問、誰からもされてなかったよ。ここ2・3週間に交わした手紙で話した、自由・枠組・そしてフリージャズについて、君なりにずっと思いをめぐらせてくれていたようだね。僕にとっては、フリージャズはノープロブレムさ。実際、君にはいつもフリージャズの極め付けを見つけて、演奏するよう言っているじゃないか。僕の父はいつもこう言っていたよ「実際その場に言わせないのでは、何を言ってもただの想像でしかない」。一つ一つの経験が、君の成長に全て効いてくる。ではここで、僕から難問を一つ。欧米文化の核心に迫るものだ。じっくり考えて欲しい。抽象主義は、そうでないものより進化したものと言えるのか?抽象主義では、手を加えすぎて退廃的だ、なんてことが起こり得るのか?別の言い方をしてみよう。ジョイスの「フィネガンス・ヴェーグ」は、シェイクスピアの「マクベス」よりも洗練された文学作品なのか?アーノルド・シェーンベルクの音楽は、ベートーベンの「運命」より進んでいて満足できる度合いも高いのか?抽象的なものの言い方の方が今風なのか?そして芸術の退廃は、意図して起こるものなのか?それじゃ、今回は抽象主義(フリージャズ)、芸術の退廃、音楽のモラルの概念そのもの、これらについて話をしよう。 

 

(78ページ) 

 

退廃とか堕落とか、と聞かれると、状況によって答えが決まってくる。僕らが洗脳されている世の中の価値観が大きな決め手だからね。いくつか例を出そう。レスター・ヤングコールマン・ホーキンスと違うスタイルで演奏した時、多くの人は、これを堕落した演奏だと考えた。テロニアス・モンクがブルースに不協和音を取り入れてピアノ演奏をした時もそうだった。デューク・エリントンが、それまでよりも洗練された楽曲、演奏時間の長い形式、こういった音楽を書き始めた時、人々は「落ち目の始まりだ」と見て取った。当時はジャズバンドと言うものは、ダンスミュージックを演奏するものだ、と思われていたからね。ダンスミュージックじゃない曲をジャズバンド如きが演奏するなど、身の程知らずだ!というわけ。歴史の教科書をひっくり返してごらん。こんな類の話はゴロゴロしている。「退廃・堕落」と称されるものが、血統書のない犬猫みたいに扱われて世の中に現れたと思ったら、実は先見の明があって、その時点での世の中の価値観が持つ弱さというものを露呈して見せた、なんてことはよくある話だ。だからこそ、僕がいつも思っているのは、本当の意味での退廃とか堕落とか言うのは、やはり意図的な行為によって起きるものなんだ、ということだ。 

 

(79ページ) 

 

ジャンルを問わず、超一流の音楽家が自身の最高傑作を生むのは、何も気にせず自分を出し尽くした時であるのは、このためだ。イーゴル・ストラヴィンスキーが、歌謡曲では大成功できなかった理由がわかっただろう。時にジャズミュージシャンにとっては、ポップミュージックに安易に手を出してしまうことはあることだ。「これ、ポール・マッカートニーの曲だ。いつもやっているのより手頃だし、ちょっと手を付けてみるか。」大間違いも甚だしい考えだ。一つのことに秀でるには、自分を出し切らなければいけない。なめた態度など、ありえない。ジャズポップとか言う音楽が大抵ひどいのは、このためだ。 

 

意図的な行為によって起きる堕落の、比較的よく知られている例が、金儲けへのすり寄りだ。「これは本意じゃないけれど、お金になるから、やらせて、、流行に乗らせて。」多くのミュージシャン達が1970年代にこうした行為に走り、僕達はそういった作品を耳にした。今となってはそうやって生まれた作品は、彼らの遺したもののうちの主要な物には、なっていない。マイルス・デイビスの極めつけは「Kind of Blue」であって、「On the Corner」でもなければ、あの「Bitches Brew」でもない。音楽に対する考え方がどうのこうのと言っているわけじゃない。単に何年にもわたって起きてしまっていること。それだけの話。 

 

知識人や学会の類にすり寄ってしまうことも有り得る。「金もうけには走らないけれど、いい評価は受けたい」あるいは「この派閥に入りたいから、自分のやり方を合わせます」とね。 

 

(80ページ) 

 

スポンサーやプロモーション会社に、あるいは学者さん達にヘコヘコして、そして売れればいい、あるいは高い評価を論じてもらえればいい。そんなの良くある話だ。だってその分の報酬や見返りがはっきりしている。でも君自身の未熟さにすり寄ってしまったら、間違いなく根性が腐ってゆく。君が指回しが苦手だからと言って、速い指回しの演奏を否定する。君がゆっくりの演奏を演奏できないからと言って、バラードなんて演奏する価値は無いと言う。転調が苦手だからと言って、転調なんて時代遅れだという。自由な感じの流動的な表現形式に適応できないからと言って、それを否定する。これって、音楽にはモラルの概念が無いから起きてくる、というのが事の核心だと僕は思う。もしあるとしたら、どんなものだろうか?何にせよ、モラルと言うものは、例えて言うなら、滑りやすい坂の上に乗っているようなものだ。でもモラルが相対的なもの(基準がなく、何かと常に比べて判断するようなもの)であり、そして押しつけがましいモノ、と見なされてしまうような時代にあっては、自由こそが国の最重要とばかりに大事にされてしまうわけだから、モラルは苦しい立場に置かれてしまう。多くの場合、モラルと自由は真正面からぶつかり合うものだ。もしモラルがあるとするなら、誰がそれを皆に守らせるか?そしてモラルが強制力を持ったら、今度は逆に自由はどう保証するか? 

 

とにかく、今の時代、売れる・売れないを気にしないというわけには、おそらくいかないだろう。売れるモノを持っていなければ、どうしようもないのだから。そして音楽に高い精神性などない時代に生きる人は、自分の「売り物」をどうやって売って行けばいいのか?売り込む、という行為は避けては通れないのが現実だ。耳タコだろうが、「さて、彼は課せられた事はこなしたぞ。」これが今の時代の必要事項みたいなもの。「おい、やれと言われたことは、ちゃんとやれよな。」それでお金をもらえれば、一丁上がり、というわけだ。実際、君の仕事の価値を評価する基準は、経済的な見方だ。「いくらで売れた?」ってね。 

 

(81ページ) 

 

君に取り組んでほしいことを書いたことがあったね。自分のペースを守ること。聴衆を満足させること。そのためには練りに練った明快なやり方で、君の腕前がイマイチなら、「この曲は本当はもっと素晴らしいぞ」と。それとも自信があるなら「この曲はこんなに素晴らしいぞ」と。これを聴衆に伝えることだ。どうやってやれるか、確信は持てないけれど、君ならきっとやってくれるだろう。僕の役目は、君がすべきことと、今がチャンスだと思った時にそれを、この二つを君に指摘することだ。スケール(音階)を練習したり、変拍子の対応力をつけたり、というのは、今更当たり前。(わかってる。音飛びCDみたいに技術的なことを何度も言うなって思っているんだろう?)今の君には、もっと深く、大きくて、哲学的なことについて、自分なりに答えが出せるようになってもらわないといけないと思っているよ。 

 

ジョン・コルトレーンソニー・ロリンズの話をしよう。二人ともまだ若くて、その才能が全開になる直前の頃だ。どちらかが、もう一方に言った「俺達、音楽の力でさ、本気でこの世界をまともに変えていきたいよな。」イメージできるかい?二人の男たちが、あの才能を持って、この志を持って、それも音楽に力を与えて、世の中をとことん変えてしまおうなどという志だ。これこそが、この二人の演奏が別格である所以だ。コルトレーンもロリンズも、そんな力を持つジャズは存在すると信じ、自分達の手で作り出したいと思った。その希望が鍛錬の原動力だったんだ。その次元の創造力を持つミュージシャンになること、これを動機として、そして目標にした。「SUVを買えるようになりたい」じゃないんだよ。 

 

より多くのアイデアが生まれ、成長し続ける中で、君も彼らの様な深いレベルで、生きる時代、その文化、人々のいる都市や国、ひいては世界中との関わりを意識するように、是非なってほしい。その関わり合いやその言葉を交わすことが、君に演奏の場を用意してくれる。演奏が始まれば、知らないうちにメッセージがそれに乗って発信されてくるからだ。その時、君は何を伝えることになるだろうか。それこそが、大一番の瞬間なんだ。君はこれからそれを学んでゆくだろう。学ぶ者が集まる場所へと足を運ぶことになるだろう。そこで言葉のやり取りが生まれる。ロリンズとコルトレーンが心に抱いた思いを語り合ったのと、まさに同じようにね。ただこの二人は、世に名演を発信し始めたのは、そこまで至る間に大きな志を語り合った後とのことだった。言葉のやり取りは大きな価値を持つ。それによって君の演奏哲学を確立し、君自身の現実の姿をしっかり把握することが出来る。勿論演奏技術は、それはそれとして磨くこと。その中身は、君の志によって決まってくるだろう。 

 

(82ページ) 

演奏する時は、君自身の未熟さとしっかり向きあう正直さを確実なものにすること。だからこそ、練習はミュージシャンにとっては、モラルがそこに現れる、と言われるんだ。最高レベルの課題を自らに課し、自らの取り組みを自ら監視することを進んでやれ、ということだ。そして君の音楽については、君の周囲にある堕落の罠が何か、をしっかり考えること。現実に負けて君自身の物の見方を失ってはいけない。しっかりとした考え方と大胆な行動が、それに相応しいオーラを君のサウンドに吹き込んでくれる。マーチン・ルーサー・キング牧師の声に響く精神の巨大さ、ルイ・アームストロングのトランペットから光り輝く珠玉の音色のようにね。それは困難に遭っても、節度をもって向き合うことが出来る力となるんだ。 

 

どのように、君の生きる時代に潜む堕落に向き合うか?まず、その存在に気付き、正確に把握すること。堕落は「ボクは堕落だよ~」などと、旗を振っているわけではない。大抵は変装し、自らを「自由解放」と偽っている。「こっちへおいで、自由になれるよ~」とね。堕落が当たり前で、あたかもそれが標準なんだ、となりすますような時代に育ってきた中では、堕落の存在に気付け、と言われても難しいかもしれない。それは僕も解っている。でもやるべきことは、君が考えるよりシンプルなんじゃないかな。何かを見て、「これは本当に人を堕落させる」って、どうやったら判るか?その「何か」は、批判をされてもそれを受け付けようとはしない。マーカス・ロバーツがよく言っていた「デザート以外の食べ物を主にして育ってきた人は、デザートが無くても気にしない。デザートを主にして育ってきた人は、食べ物がないという状況に我慢が出来ない」 

 

(83ページ) 

 

今日、堕落が頻繁に居座っているのが、このところの新たなアメリカの風潮の核心。そこはバカバカしさが支配し、バカバカしい行為がそれと認識できない程にまで姿を変え、中にはその姿を変えることを、真面目な気持ちでせっせと行っている人もいるくらいだ。実際は「真面目な気持ち」という言葉自体、僕達が世に送り出したもののどれに当てはまるか、と言われてたら、殆どどれにも当てはまらないかもしれない。ただ単に拠り所にしているのは、金儲けになるかどうかに関する「真面目な気持ち」。それは、自分が売って金を儲けたいものをマーケットに上げて、できるだけ中身の薄っぺらなものに対して、出来るだけ高い金額を吹っ掛けるための権利みたいになっている。大概の映画を見てみれば、片っ端から殺し合ってみたり、必要性もなく肌を露出してみたり、話の筋などどうでもよくなったりしている。音楽は、というと、素人が大がかりで中身のないものを創り散らかしている。ここで一つ話を。バカバカしさが極まるとどうなるか、についてだ。 

 

ある小学校へ行った時のこと。先生方がこう言った。「今朝は皆さんのために、学校の方で出し物をご用意していますので、ご覧下さい。」すると、男の子が一人、テショーンという子が、ラップを歌いながら出てきたかと思うと、彼の股間を掴み始めた。僕は先生に、「あの男の子、自分の股間を掴んでいますけれど・・・」するとその女の先生は「あの子達の間で流行っているんですよ」。別の日、今度は中学校。吹奏楽部の先生が来てこう言った。「練習した曲がありますので、聞いてください。」その曲、何だと思う?BoowYの「Get It to Me」だ。あの過激な内容の曲を?僕に聞いてくださいってか?バカバカしさの極めつけ。誰かが割って入って理由を言った。「生徒達が演奏したいというものでして・・・」生徒達が演奏したい?教えているのは、あんた達だろうが。文化が自ら節度を持たなかったらどうなるか、まぁ、当然こうなるよね。節度をなくした文化で育った若者達が、自分の力でこの惨状を認識して、それに負けない行動をとるなんて、出来るわけがない。これは誠実、これは堕落、これはバカな行為、誰かが責任を持って教え示してやらなかったら、自分で見分けることなんて、どうしたって無理だ。 

 

(84ページ) 

 

このバカバカしさに流されてしまう有様は、国内をツアーで回っていて最もショックを受けることに間違いはない。何千人もの色々な人々と話をしてきて、それぞれ取り組んでいることは違うけれど、皆同じようなバカバカしさに流されている。アメリカに一体何が起きたのだろう?何かの機械がベルトコンベア方式で、国民全員のおでこに、もれなくスタンプを押しまくったのか?どの職業でも大差ない。若干その流されかたに違いはあるけれど、ジャズミュージシャン、ヒップホップアーティスト、アフリカ系アメリカ人、革新系、保守系と、音楽のジャンルや人種、支持政党が違っていても、それぞれ内にする台詞がある。売れるチャンスを狙って、役のオーディションを受けて回る役者達みたいだ。そして一人孤立は許されない。必ずどこかのグループに押し込まれる羽目になる。 

 

(85ページ) 

 

君自身がミュージシャンとしての立場や在り様を、ハッキリと示さねばならない文化の状況で、君が心に抱く信念が、ある時不誠実さと衝突することになったら、どうなるか?「誠実さに欠けているぞ」なんて、預言者でもない限り、言う資格など誰にもない。自分が嫌悪することを集団でやり散らかす誠実さのカケラもない現状を目の当たりにして、「私の価値基準に従え!」と頑張れるかい?今時のジャズの集まりでは、ジーンズを着てステージに立ったりする。昔は皆スーツだった。今、本番にジーンズを着てステージに出ても構わないとされているのに、何でスーツに戻すんだ?と言われてしまう。ジーンズで本番に出ることは不誠実か?言うだけバカバカしい。だって皆ジーンズを着て出ているし、音にも影響は何もない。 

 

批判を覚悟でひとつ。高校時代友人の一人がレストランで働いていた。彼は多分16才かそこらだったかもしれない。テーブルの片付け係をしていた。他の同僚の大半は、家庭持ちの大人だった。ウェイターと片付け係を仕切っていた担当者は部下の神経を逆なでするのを面白がって「Nigger」だの「Boy」だとか、他にも色々南部でよく聞く馴れ馴れしい言い方で彼らを呼んでいた。その友人は、何も背負うもののない16才なわけで、辞めて他の仕事を見つけてやる、と言ってもよかったはずなのに、結局その仕事を拒否したためにクビになってしまった。でも彼より年上の同僚の一人は、クビになるリスクを冒すことはできなかった。参考までに、この話は1970年代のニューオーリンズ、仕事の口がなかった街でのこと。その年上の同僚には4人か5人子供がいた。彼だってそんな仕打ちは嫌だったが、運を天に任せて抵抗を試みるなんて、安易な話ではなかった。だから彼は屈辱を受け受入れ、磨いたナイフは自分の本音を殺すのに使った。でもね、自分が屈辱を受けている、それだけの理由で家族を飢え死にさせる訳にはいかなかった、ということだ。 

 

(86ページ) 

 

物事を決断する時に、誠実さを保つことは大変だ。自分を信じるとか、自分の物の見方に自信があるとか、そんな生易しい話でいつも済むとは限らない。家族を養うか否か、と、そんな差し迫った状況でなかったとしても、誠実さに立って物事を判断することで、自分の居場所を失うかどうかの問題にもなりかねない。仕事に影響が出ることだってありうる。人の心に、自分自身に対する見方に、他人が自分達を認めるかどうかの判断に深入りしてくる。誠実さが原因で、仲間外れにされたいか?自分の信念を伝え続け、挙句のはてに周囲の人達から「またウザいのがいるよ」と言われたいか?ずっとそんなのに耐えられるか?そうなると誠実さなんてものは、こびへつらうものになりかねない。 

 

僕の生徒達に言わせたことがある「自分の考えを、本当に、本当に、信じて疑わないなら、それは最後には常識になると信じている!」とね。そう思わせてくれるのは自分だけ、誠実さで物事は成就すると思わせてくれるのも自分だけ、だから、ピュアな心でいつもいなさい、と彼らに言っている。そうしたら、誰かが必ずこう言ってくるだろう「誠実さに基づいて行動する人々のしたことがリスペクトされることだって、きっとあるだろう。もっとも、そういう人々が、敵対する人々に勝ったら、の話だけどね。」 

 

推測の話をしよう。皆、テロニアス・モンクのことをリスペクトしていたけれど、彼が長い年数演奏活動をせずに自宅にこもってしまった時、リスペクトしていた連中はいなくなってしまった。誠実さは厳しい選択を迫ってくる。そこからは逃げられない。アンソニー、君もそうなったら、自分のやり方で決めなくてはいけない。どれが正しくて、どれが間違えているか、とうのはない。君が何を選ぶか、ちゃんと理解できる力量が備わっているか、全てはそこにかかっている。誠実さを測る基準なんてものが無い時代に生きていたら、どうすればいいかなど、そう簡単には解りようがない。「これを学ぼう、あれをま学ぼう」と言う話は、なくなってしまっている。やるべきことがわからない、なんて話は、しょっちゅうある。 

 

僕だってかつては君と大して変わらない、弱い人間だった。長い期間、舞台上ではモニターを使っていた結果、音色が全然良くならなかったんだけれど、当時はそのことに気づくはずもなかった。何せ、誰もがモニターを使って演奏していたからね。誰からも指摘されなかったし、年寄先輩のいうことなんか聞きはしなかったしね。要は、思い上がりだ。「何もわかっていない。こちらは1000人の客、奴等はせいぜい20人位の客相手なんだぞ」と考えていた。 

 

ある日、ギリシャの円形劇場で本番があった。当時24才、ずっとモニターを使っていた。会場の人がやってきてこう言った「ここは電源が使えないので、全てアコースティックでお願いします。」さぁ、僕らは考えてしまった。「生音ショボくなるぞ、おい」こういう音楽をモニター無しでなんて、やったことがなかった。でも他にやりようがなく、生の楽器の音での演奏ということになった。ところが結果は、最高の出来だった。結局、舞台上でお互いの音をよく聴けたし、モニターから自分達の音が撥ね返ってくることもなかったからね。 

 

やっぱり年寄の言う事は、聞かないといけないね。 

 

 

 

 

 

前へ動かすこと、新しい、新しいこと 2003年9月10日  

 

(89ページ) 

 

親愛なるアンソニー 

 

君から最近もらった手紙を読んだら、思わずギフトショップへ走って、便箋とペンを買ってしまったよ。なぜかって、その手紙に書いてあった君からの質問のせいだ。そこに反映されているのは、今の時代の混乱のもとになっていること。若手ミュージシャン達の多くが、このせいで、成長の過程で挫折感を感じてしまっている。とにかく僕は、バスに乗っている仲間に読んで聞かせなきゃ、と思った。君が知りたかったのは、ジャズを演奏するに当たっての、新しく、現代的で、進歩的なものを創造する重要性、つまり、音楽を前へ動かす重要性だ。これって、今の学生が皆決まって言うけれど、極寒のツンドラへ攻め込むようなものだよ、君!ま、落ち着いて。これから話すことは、イノベーションと言うものの、正しい意味と誤った意味、そして若手ミュージシャンが陥る、ひどく有毒な誤解を避ける方法について、だ。 

 

(90ページ) 

 

僕達は、芸術活動に対する信念や理解の仕方と、科学技術に対する見方とを、同じくしていたことがある。芸術作品の一つを、自動車一台に例えて考えてみたりする。「今回のバージョンの方が、T型フォードよりいい出来だ。だからT型フォードはもう無用だ。」ところが音楽の場合、「ルイ・アームストロングはビーバップの時代からロックの時代を通して、演奏活動を展開した。一部の人々からは時代遅れと見なされてしまった」と、こうなったとしても、誰一人「彼はもう無用だ」とはしなかった。コルトレーンは和音演奏の新しい手法を編み出した。これは大変興味深い方法として成功した。他のプレーヤー達もこれを真似し、いわゆる「新しいこと」となり、流行(はやり)となった。でもコルトレーンの編み出したこの手法は、別にジャズの技術を前へと動かしたわけじゃない。彼が頭角を現した頃、ジャズの技術は澱んで停滞していたわけじゃない。ジャズの方から、その懐を広げて、彼のサウンドを抱き込んだ、というわけだ。だからそれが失われても、後退などしない。芸術とは、皆そういうものだ。でも、もしかしたら一つだけ例外として、ルイ・アームストロングがジャズを前へ動かした、と言えるかもしれない。というのは、彼は自分と共に生きた全ての人達に、スウィングと言うものを教えたようなものだからだ。といっても今日彼に対する評価は、スウィングを教えたことに対してではない。今尚、人々の魂にインパクトを与える、彼の音楽の深さに対してだ。わかるかな、アーティストが時空を超えて語りかけてくるのは、こういうことがあるからだ。芸術のスタイルは変わっても、人の魂のなす技は、変りはしない。魂を揺さぶることを、やり過ごしてはいけない。 

 

(91ページ) 

 

実際の演奏をどうのこうのする、という話で言うなら、音楽を前へ動かすなんて、ありえないし、できっこない。そんなこと、出来るだろうと本気で信じたり、やってみたいと本気で思ったら、とんでもないイリュージョンに苦しむことになる。そして更には、君の演奏が世代のギャップという処を突き刺すことになる。それは若い世代を年配の世代とケンカさせることになるだろう。常にお互いにとって不幸だ。人は音楽をどこへも動かさない。動くのは人のほうだ。だから、君自身の音楽を持って、君自身の明確な居場所を創り出そうとしなさい、と言っているんだ。バッハは、時代遅れと見なされた時もあっただろうけれど、今の時代、バッハの音楽の世界は、かけがえのないものだ。確かにバッハは、それまでなかった手法を次々と編み出した。だからと言って、バッハの音楽が存在することで、パレストリーナの音楽は、これっぽっちも否定もされなかったし、「越えられた」ともされなかった。ベートーベンの音楽は、バッハのブランデンブルク協奏曲集も、あるいはモーツアルトのハンパない音楽も、否定などしなかった。 

 

音楽以外の芸術に話を広げよう。ピカソを見てごらん。彼のスタイルといえば、物の形を次々と変化させること、そして、描く対象の基本構造に対する見つめ方は、完全に彼独自のものだった。でもそれは、マティスとかゴヤといった芸術家達の力量をしのいでいる、と言うだろうか?僕は言わないね。たとえ彼のスタイルが、全ての世代の画家たちにとって常識となる位、広く受け入れられたとしてもね。彼らが自分達で選んだことだもの。文学だって、前には動かせはしない。シェイクスピアでさえも、だ。多くの文豪たちが、それぞれにスタイルを持って、生まれ、生きて、がむしゃらに書きまくり、そして亡くなっていった。彼らが描き出した人間のキャラは、古代の大作家ホメロスより上回っているかな?内容は異なるだろうけれど、じゃあ、その量は?ホメロスが不要になったり、廃れてしまったりする程かな?僕はそうは思わない。芸術と言う切り口から見れば、世代なんて唯一、「人類の世代」。着ている服が、トーガでも(古代)、ラッフルの襟でも(中世)、タキシードでも(近世)、スリーピースやジーンズでも(現代)、話す言葉は同じ。だからこそ芸術は、文明が全滅したって生き残るし、役に立ち続けるんだ。 

 

(92ページ) 

 

ジャズミュージシャンたる僕達のほとんどは、音楽の新しい世界を創り出そうなんて、するわけないし、その世界に僕達のファンを住まわせようなどと考えるはずもない。そんなことよりも挑んでゆくべきことは、今既に自分達の手にあるものに存在する。それは自分だけの演奏方法、これは、一人一人の話す声色が異なるくらい、人によって様々だ。なんてことを言うと、それって自分にも隠れた力があって、イノベーションを起こして独自の世界を創り出して、やがて多くの人々がそれを当たり前に受け入れてくれるようになる?変な勘違いをして、そんなの当てにするなよ。 

 

腕を磨いていると、そのうち自分が名人に並んだんじゃないかと勘違いし出す。そのうち打ちひしがれて、言いがかりをつけて上手なプレーヤーの悪口を言い出して、挙句、演奏の世界から身を引いてしまう。今日、ロースクールに通う人は200万人いる。例えば史上最高の法律家を5人挙げるとしよう。そしてこう言うんだ「これを基準にして、合否を決めます。このレベルに達しなければ、課程を修了したとは見なしません」。さあ、一番優秀な連中は頑張ろうとするだろう。でも後に続く連中が上手く行かなかったら、まともな考えの持ち主だったら、法律家を目指そうんなんて、誰も思わなくなってしまうだろう。そんなわけだから、まず第一に、音楽を前でも後でも動かそうなんて、思わないこと。色々な意味で、重すぎる。そして第二に、ジャズミュージシャンとして成功した、という基本レベルを、「偉大なイノベーター」とされる人達のそれと同じにしないこと。ハードルを高くしても、ロクなことにならない。 

 

イノベーターになれるよう教えてくれる人なんていないし、逆に人のやる気をくじくような人もいない。でも、そこそこのミュージシャンへと育ててくれる人は、いるかもしれない。世界中でジャズを学ぶ何千人もの子達が、君と同じように心に抱いている目標が、限りなく不可能であり、明らかにバカバカしいというのが本当なら、君はどうする、アンソニー?僕はこれまで、世界中でレッスンを開くたびに、この目標を口にする人達を聞いてきた。「そうとも、とにかく新しいことをしなきゃ。成功するためには音楽を前でも上でも動かさなきゃ」。これも、もう何年も聞かされている。そして、その「何年も」の間中、ジャズを前へ動かした子なんて、誰もいない。高すぎる目標を掲げた子達は、皆それに潰されてしまった。例えば僕がシェイプアップしようとするなら、そんな風に目標を明言などしない。君に対しても、僕自身に対してもね。つまり、「十種競技の選手になる、目標は9年後の2012年のオリンピックだ」なんて言おうとする。僕は今41歳だ。これじゃシェイプアップなんて多分無理だし、ましてやオリンピックだなんて、とんでもない話だ。それでは、ということで、今度は「30ポンド体重を落とそう。明日朝1.5マイル走って、2週間毎に0.5マイルずつ距離を伸ばしてゆこう」と言うとしよう。これなら、1か月で目標の30ポンドの内10ポンドはいけるんじゃないかと思うよ。 

 

(93ページ) 

 

実現不可能な目標を掲げて物事に取り組み始めるなら、初めからその勝負は負けてしまっている。勿論、君が神に選ばれし者なら、話は別だがね。僕はマイケル・ジョーダンと会ったことがある。その時彼はまだ大学生だった。彼はこう言った。「僕はNBAプレーヤーになって、バスケとは何かを世の中の人に教えてやりますよ!」その時部屋に居た僕と他の連中は、聞いても笑うだけだった。「こいつバカだ。大学のリーグでも未だ通用していないっていうのに」もっとも彼は、その現実は自覚していた。 

 

でも、もし君が神に選ばれし、世にも稀な人物でないのなら、自分の目標の重さに押しつぶされている状態では、勝ち目のない戦いになってしまうだろう。始める前から戦いに負けてしまっている。「労多くして実り少なし」では、単に、君が本当に目指すべき目的からも、君は逸れて行ってしまうことになる。「本当に目指すべき目的」は、僕達の場合、演奏の仕方を身に付けることに他ならない。ひたすら上手になるよう努める、ひたすら楽器をさらう、こうでないのなら、そんなの登山用の装備もなくエベレストに登る決心をするようなものだ。とにかく一人でも多くのミュージシャン達には、こういう認識を口にしてほしいと思っている「史上最高の努力をしたミュージシャンになりたい。移調ができるようになりたい。譜読みの力をアップしたい。両手で弾けるようになりたい、アドリブソロをキチンと最初から最後まで吹き切れるようになりたい」。さて、別に控え目な目標を立てろ、と言っているわけじゃない。現実味のある目標にしてくれ、と言っているんだ。ジャズは、普通に良い才能を持っていれば、大いに創造性を発揮できる懐の深さを、元々持っている。これこそが、ジャズの最大の力だ。あらゆるレベルの人々に応じて、その人に挑戦し、そして受け入れてくれる。それでもなお、アンソニー、君には人より大きなチャンスがあると思うよ。 

 

(94ページ) 

 

君には、人より大きなチャンスがある。自分のスタイルの中に独自のサウンドを創り出した、偉大なミュージシャン達の仲間入りをするチャンス - 例えばクリフォード・ブラウンスタン・ゲッツ、J.J.ジョンソンみたいなね。でも考えると、「自分自身のサウンドを創り出せたなら、自分は成功したと思え」なんて、誰も言ったことは無いな。 

 

誤解するなよ、アン坊よ。君を期待させて、また突き落としたわけじゃない。でもね、考えてごらん。練習にせよ、知識や教養にせよ、音楽に対する君の哲学にせよ、君も、そして君と志を同じくする仲間達も、最高レベルを達成しないと気が済まない、というなら、演奏活動なんか楽しくも何ともないんじゃないかな?今のメジャーリーグの選手たちを見てごらん。ベーブ・ルースと同じレベルでないと満足してはいけないのか?そもそもメジャーの選手だということ自体、大したものじゃないか!それだったら、やってられないよ、ということになるだろうよ。 

 

(95ページ) 

 

何が君にとって大切なのかを、見直してみたらどうだろう。「あの6人の偉大なイノベーター達に肩を並べなければ、成功者とは言えないんだ」なんて言わないで、「あの6人すごいよな。僕だって匹敵する力を、必ず身につけて見せる。もしダメでも、僕だけのサウンドってやつは、磨いてゆこう」。これでいいんじゃないかな。オーネット・コールマンの話が参考になるかもしれない。彼は確かにイノベーターの殿堂入りをしている人だけれど、その中に在って、ユニークな存在として知られている。ルイ・アームストロングのレベルの過去の演奏と肩を並べないと、と悩んだのではないか、とか、今の時代の連中に対して競争力を持っていたんじゃないか、とか、自身の栄誉を獲得し世間に認めてもらおうと頑張り、頂点を極めた連中に狙いを定めているんじゃないかとか、想像していることだろう。でもね、物事は今自分がいる時代を越えて考えることが必要だ。何しろ今は、自分を売り込むことが実績となる時代だからね。考え方としては一番面倒だ。とにかく求められることが今と違う時代の話だ。 

 

コールマンのキャリアは、アームストロングでも何でも、誰かと肩を並べようという処から始まったわけじゃない。彼かかつて、僕にこう言った「音楽は他人との競争じゃない。自分の理想の実現だよ」。彼がやろうと努めた演奏の方法で、彼にとっての仲間からのリスペクトを勝ち取ろうとした。それは彼が心掛けたことであり、そしてポール・デスモンドキャノンボール・アダレイのような人達も、同じ心がけをしていた。さて結局、多くのミュージシャン達は、彼にリスペクトを示さなかったので、彼は自らのアイデンティティのために戦ってゆかねばならなくなった。そして他のミュージシャン達には耳を貸さず、自分らしさと演奏方法を保った。 

 

(96ページ) 

 

オーネットの楽団がニューヨークに活動の場を得た時、見渡してみれば、ウィルバー・ウェアだの何だのといった錚々たる面々が居たわけだ。「仲間からのリスペクト」というのは、オーネット達にとっては大きな意味があった。彼らはそういったことを気にしていた、と口には出さなかっただろう。でも演奏にはそれが出ている。練習の様子から、その取り組む考え方にも見て取れるし、その他、自分達のコンセプトを創ってゆくための取り組み全てに見て取れる。ニューヨークの為に自分達の音楽を届ける、その姿勢は真剣だった。テキサス、ロス、その他自分達の拠点都市ではなく、彼らはニューヨークを望んだ。そこには、弾ける人、吹ける人、叩ける人、歌える人がいたからだ。ニューヨークでは、人はジャズミュージシャンとうものになれた、ということさ。 

 

オーネット・コールマンの輝かしい業績の数々と、彼自身も輝かしい超一流のミュージシャンであったこともあり、自分の作品を自分の解釈で主として演奏するミュージシャンが、初めて台頭してきた頃の一翼を担うようになった。確かに彼は、興味深く、そして新しい方法で、メロディの演奏と自分のスタイルの表現をアプローチした。でも同時にそれは、スタンダードジャズの終焉が始まったことを意味した。世の中、物事が変わっていくのって、こんな感じだよね。彼はジャズを前に動かしたか?僕はそうは思わない。僕がデューク・エリントンの「トータルジャズ」というコンセプトが好きなのは、こういうことがあるからなんだ。オーネットの演奏方法は、それはそれでひとまとまりに出来上がったもの。いわゆる「新しい手法」とは言わない。 

 

ここまで色々な話を引き合いに出してきたけれど、君がコールマンみたいなイノベーターに、なれるとかなれないとか言うためじゃない。何になれるか、何ができるか、は君自身しかわからない。僕が分かるのは、才能を上回る自分への期待は、時と共に目標が達成できないことをハッキリとさせてしまい、君はやる気をなくして辞めるってことだ。「辞めるってこと」と僕が言うのは、楽器を吹かなくなる、ということじゃない。変な髪型にしてしまうとか、どこかでカルトっぽいジャズの派閥に入ってしまうとか、そういうのを言う。 

 

辞めたらいけない、絶対に。だって、目標の達成が叶おうと叶うまいと、音楽にキチンと関わることは、いつだってOKなのだから。理性的に行動すること。もう限界だ、もう失敗だ、といって自分の音楽に対する哲学をねじ曲げるな。絶対に辞めたらいけない。良いミュージシャンになることを、ひたすら目指せ。自分を律し、自分を鍛え、自分を育てる、このことに全てを懸けろ。他人に何かを与えることを通じて、前向きな姿勢で、自分以外の人々の活動に関わってゆくことで、精神を高めてゆけ。君も知っていると思うけれど、ボーイスカウトをダサいと考える人がいるが、彼らは社会貢献を自分達の活動の中に取り入れている。バッジをもらったり、ジャンボリーで買ったりとか夢中になっていることもあるかも知れないけれど、同じ様にスカウトってやつは、社会貢献活動をしっかりやらなくてはいけない、ということを意味するからだ。そしてそれは、ひいては国全体の癒しになってゆく。金を儲けるためとか、他人の一枚上を行くとかよりも、高い次元の精神面での目標を持たないといけない。 

 

アート・ブレイキーはこう言った「霊柩車の後ろを戦車が走ってゆくなんて、あるわけないだろう」。課題に真剣に向き合え、そうすれば君の仲間から、リスペクトかジェラシーか、どちらかが来るよ。そしてこの先、優れた才能が君に会ってやろうか、なんて思ってくれたら、その登場音楽を聴き逃すなよ(訳注:君が優れた才能を身に付けるチャンスが来た、という兆候を見逃すなよ)。 

 

無理なく、ボチボチとね。 

 

 

 

 

 

大草原に独り立つ男 2003年9月22日  

 

(99ページ) 

 

親愛なるアンソニー 

 

君は僕のことを、頑固者だとか何だとか思っていることだろう。今夜、まだ早めの時刻に、ツアーバスのフロントラウンジに座っていたけれど、大半の連中は、ずっと眠ってしまっていた。こいつら、ちなみに、ツアーを終えて戻る時の寝ている間のイビキのかき方は、今とはまた違うんだ。僕はと言うと、来月の本番で演奏する曲を書き終えなきゃ、と思っていたんだけれど、何か気付いたら、ここ数か月のツアーのことや、君との間でやり取りした手紙のことを考え込んでいたよ。これまで君には、白黒ハッキリとした僕の考えを、次から次へと投げかけてきたけれど、その理由をちゃんと説明できているだろうか、と心配になってきている。頭が疲れている時に書いた手紙もあるだろうし、もしかして君が手紙を目にした時間が十分心地よくて、君が辛くて逃げていたかもしれないことを思い返すことも苦にならなかっただろうか。そう考えると、こういうことは、時には何度も繰り返し話した方がいい、ということになる。何せ君と僕は、このジャズを極める道を歩んでいるのだから。な?アンソニー。そしてこの特別なハイウェイは、希望や信念と言ったもので境界線が成されている、寂しいモノだ。 

 

(100ページ) 

 

人々の間で何が起きてきたか、思いめぐらせたことは無いか?僕と君、それぞれの世代間、黒人と白人、アメリカ全体の中、といった具合に。僕達アメリカ人が、もし過去において、僕達の土台となるモノの、もっとしっかりとした部分を強化していたならば、今頃どんな世の中になっていただろう。そう考えたことは無いか?僕達の国の最低の部分を良しとせず、最高の部分を誇る。そういう神話を皆で共有し受け継いで行っているなら、今頃どんな世の中になっているだろう?集団心理に潜む、心の絆に生じる亀裂を悪用せず、共に歩んでゆくことを讃える。そういう全てのアメリカ人が共有したくなるような物語が、もしもあるのなら、どうなっているだろう?アメリカは、黒人を奴隷とする奴隷制を擁して国を立ち上げたかもしれないけれど、やがて誰もが奴隷に身をやつすことがある、と言う考え方になる。社会全体が、誰かの人質、と言う感じだ。風に揺れている奇妙な果実、なんてよく言うけれど、奴隷にする方もされる方も、辛い制度だ。 

 

別の話をしよう。普通こんなことを言う人はいないだろう「さて、このパイを食べたから、もっと、あと500枚食べさせろ。そしたら肥満になり放題だ!」とんでもないよね。次の日、朝起きたら運動しないと。でも実は、何年もそんなような食生活のパターンに、知らないうちにハマっていて、何年も経ったところで気付いて、ようやく改める、なんて良くある話だ。真剣な取り組みが実は実行できていないということだろうね。その割には、「改めなきゃ」という思いだけは持っている。その思いが、アメリカ中で金儲けの餌にされているんだ。これを手に入れましょう!あれを買いましょう!あなたを磨き上げましょう!ただ、何故か、こういう考え方は文化のこととなると、僕達の認識の中から落ちてしまう。 

 

(101ページ) 

 

 アメリカ人はまるで、文化の地下室に籠って、そこで若い子達に、これでもか!と言うくらい、酷いことを吹き込んでいるみたいだ。女の子達には「できるだけ素肌を露出するのが最先端だ」と言い、男の子達には「世間はみんなナンパしているよ。だから君も彼女を創らないと」と言う。 

 

芸術は人が頭の中で考えていることを、形のあるモノにしてくれる。嘘八百をさせてくれもするし、逆にさせないようにもしてくれる。時には、世間の人々がしていることに、君も付き合う立場に居たりして、そういう場合、皆がグルーヴしている感じだ。別の場面では、君は悪を告発する立場になり、この場合君は、他の連中にとっては「目の上のタンコブ」ってやつだ。でもその連中、つまり皆で同調(=グルーヴ)している方が、告発者である君より楽しい思いをしているように見えるんだろうな。数で上回っているだけにね。 

 

多分僕は、文化と言う面では世間の人々にとって目の上のタンコブってやつなんだろう。僕だって好き好んでのことじゃない。ある特定の物の見方ばかりしていると、世間の、風通の物の見方をするのが、怖くてできなくなってしまう。昔、1970年代頃の自分の演奏ののヒドさ加減を後悔したことを、今でも覚えている。僕はその時思ったことを、高校を卒業する時のイヤーブック(卒業文集・写真集)に書き記した。分かってはいたけれど、つい楽しんでしまった。当時は演奏に対する態度が、なっていなかったと思う。でも当時でさえ、そういう堕落した演奏が人々に与えてしまう影響、つまり、規範と言うものが徐々に崩壊していってしまうという事態が起こる、ということは、見えていた。僕はそんなことを13歳の頃からずっとやっていた。分かってはいたけれど、それでも、楽しいという気持ちが上回っていた。 

 

(102ページ) 

 

今41歳になって、10代の子達と話をしていると、「与えてしまう影響」というやつが、とても鮮明に見える。破綻は必然的にどこかで始まる。人前でやぶれたズボンを穿いてみたり、男の股間をさらけ出してみたり、なんていうのを、誰もが見ることができてしまう世の中だ。想像力をフル回転してみたところで、目を背けることもできない。物事は本当は、もっと全然違う方向へ進んでゆくはずだったと思うよ。僕がこんなことを言うと、君は、僕が嘆いて感傷に浸っている、と思うかもしれない。でも僕は本気でそう確信している。物事は、もっと違う方向へ向かうはずだったと。違う方向、と言っても、規則や束縛、あるいは厳格さということじゃない。夢を諦めたり、流行に触れる自由を我慢したり、そんなことも言ってない。ちなみにもっと言いたいことがあるけどね。ただ、そうったことには、心無い連中がつけ込んだり、低俗化させたりする必要はなかったんだ。暴行、憎悪、暴力、そして低俗と言った道を行く羽目に陥る必要だって、無かったと思うよ。 

 

でも勘違いしないでほしい。君の様な若い人達のおかげで、僕は希望が持てている。歴史の浅い我が国が、どこへ向かっているかを評価する時に、世間の人々が語り、あるいは勝手に想像する若者の姿、君がそれに当てはまらずに済んでいるのは、本当に、何故なんだろうね。勿論、君には生まれた時から言葉を交わしている人から、ちゃんとした指導を受けている、というのがあることは、分かっている。僕は父親と言う点では、恵まれていた。常に僕には、分別を教えてくれていたからね。君も分別はわきまえている子だ。君はそれを教えてくれた人がいる。僕からのそれを言われるのを待っている必要なんかない。世間がどう思おうと、僕は気にしない。君のように若い子を沢山見てきている。それもあらゆるタイプのね。となると、世間があれこれと「黒人がやらかしそうなことだ」と言い出すと、途端に、お父さん方や何らかの目に見える形の指導がついている子供さえも、問題視される。そのキッカケは、どこにあるんだろう?という話になる。「やらかしそうなこと」に集まる注目の全てが、それ自体を更に増長させてゆく。ここがポイントだと思うよ。黒人アーティストというものは、唯一、その品格は「やらかしそうなこと」によって評価されてしまう存在だ。他のアーティスト達は、彼らのアイデアの持つ力で、きちんと評価を受けている。僕達なんかだと、「ちゃんと生きている?」とか聞かれたりする。地球上のモノなんだから、ちゃんと生きていて当然だろ?!と言いたい。自分達以外の人達が絡んでくると、こんなことを聞かれたりもする「お父さんとお母さん、ちゃんと二人揃っている?」「麻薬でラリったことある?」「人を射殺しちゃったことある?」こんな「やらかしそうなこと」に、何かしら苦しみもがいている僕達の仲間(訳注:黒人)を思い浮かべるたびに、気分良くしているアメリカ人は、人種に関係なく、やたらと多い。そんなことに縁のない仲間、人に迷惑を掛けまいとする仲間、ナンパなんかしない仲間、そちらが現実なんだ、と証明しなくちゃね。 

 

(103ページ) 

 

今、このツアーバスには、若手のプレーヤー達が同乗している。その中の一人のクウェームという子がいて、ずっと譜読みをしたり、勉強しているよ。僕の記憶だと、彼のお母さんはクウェームを頻繁にコンサートに連れて行ったり、昼夜問わずレッスンも受けさせていたね。となると、クウェームは「やらかしそうな」人間じゃないから、僕達の仲間じゃないということなのか?一日中、誰かが、やれ銃撃だ、やれ強盗だ、と、お決まりのように耳に入ってくる。黒人なんてそんなものか?菊たくなくても耳にはいってくるさ、なにせ、メディアなんてどこも生活をかけて、こんな戯言を悪用して電波でまき散らしているんだから。でも、だったらクウェーム達の演奏を聞いてほしい。彼は、例の誹謗中傷されているような黒人の一味と見なされていないか?彼は今夜だってステージに上がっている。彼のピアノの演奏はマボロシ?ピアニストとして見なされていないのか? 

 

僕はいつも、子供達に話しかけ、ボール遊びもするし、学校に通っている所を見かけることもある。そう、いつだって僕は彼らに寄り添い、つながりを断ち切らない。僕が言うのは、皆、きつい目つきで不機嫌そうな表情をしなくてもいいよ。僕の方から証明して見せるものなど、何もない。君達の方から示してく。僕の方は、もうわかっていることだから。そして、こんな生活のせいで何もかも台無しだ、と実感して感じるとしても、それがなんだ!不運かもしれないけれど、他人の生活を台無しにしていいはずがない!自分に起きたことは他人には関係ない。黒人の大衆文化に悪影響を及ぼすような、黒人社会に植え付けられているマイナスイメージのことで頭をいっぱいにして悩んでいるなんて、そんなの、自分から奴隷になりに行って、自分は大農場で働かされていました、と、わざわざ証明しよとしているようなものだ。みんな、そんな監獄みたいな場所から飛び出して、仕事を探すにしろ教育の機会を得るにしろ、公平な競争をしないと!そして絵を描くにせよ楽器を弾くにせよ、その取り組みを表現するには、一番キチンとした言い方をすること。全く品の無い言葉は使わない。現実にありえないマイナスイメージの黒人像などではなく、実際にこの世に存在する生身の人間であることを示すこと。君は公衆便所(訳注:要らぬそしりを受ける存在)でもなければ、今の時代にのさばっている人さらいの餌食(訳注:他人に自由を奪われる存在)でもないのだから。 

 

(104ページ) 

 

いいかい、僕は僕でしかない。僕は誰とでも分け隔てなく話す。仲間達とは、自分達の言葉で話すし、バカなことを言い散らかしたり、やり散らかしたりする古いタイプのペテン師に成り下がったりもしない。今までの処、僕の話し方は、少し下品だ、ということには気付いているだろう。でも時と場合によっては、言葉を選び、行儀よくする。何しろ、自分達の本当の有様を語ろうとするのだからね。どんな場へも出て行って語るつもりだ。ここは行かない、なんて場所は無い。黒人はメディアでしか見たことがないから、目の当たりにするのは怖い、と思っている人達がいる。でも僕は別に怖くなんかないよね?僕は愛国者ですから。都会でも郊外でも、人を指導し引っ張ってゆく人が必要なんだ。アメリカ全土で、僕が話をしてきたグループでは、そういう人の存在に飢えている。若い人達は本当に死ぬ程必要としている。彼らが求めている人物は、愛情あふれる眼差しで、「君はこれに取り組まなければいけない。私が手助けするよ」と言ってくれる人だ。黒人でなくてもいいんだけれどね。実際、大概そうではないしね。 

 

(105ページ) 

 

僕は可能な限り、音楽教室を開いたり教育プログラムを実施したりしている。「雨垂れ石を穿って」という気分だけれどね。その意義を分かってほしいんだ。負けると分かっているケンカに挑むようなものかな。尻尾を巻いて逃げるのとは、全く違う感覚を、勇敢に戦って負けた後に感じることになるだろう。君はきっと立ち上がって「大丈夫、僕は頑張った」と言えると思うよ。小さな一つ一つの「雨垂れ」が、役に立ってくるし意味を持ってくる。「物事は本当はこうだぞ」という大きな怪物が、君に対して「僕は神様にケンカを売ってしまっているのか??」と思わせようと、揺さぶりをかけてくるのが現実だ。仮にそうだとしても、君の一つ一つの行いは、意味があるんだということは、信じて欲しい。 

 

スタンレー・クラウチと僕とで、1980年代初頭の言い回しで「大草原の孤高のガンマン」というのを話した。このガンマンは、ある意味、鋭いモノの見方をする変人で、大草原でショットガンを持ち、守り切れるはずのないモノを守ろうとしている。自分でもどうしようもない、と言う自覚はあるけれど、馬にまたがり、あのモンタナ州の大空に向かってそびえたっているわけだ。人々が集まってきて、雨の中にたたずむ彼のことを笑う。 

「旦那、何してるんですかい?」 

「これを守っているのさ」 

「守るって、何ですかい?」 

「これ全部さ。君達が見えているモノ全部だよ」 

これがその男。孤高の彼は、大草原でショットガンを手にしている。軽薄な人達にはウザい存在だろう。誰を責めるでもない、誰を捕まえてしょっ引くでもない、守るべきと思っているモノを守っているだけ(と言ってもモンタナ州の大草原全体なんて、デカすぎるだろう)。 

 

(106ページ) 

 

とにかく、今の文化はヘドロの様なものだ。その中を僕達はのたうち回っている。どこに諸悪の根源があるかなんて、大差のない話だ。多少気にはなるけれど、大したことは無い。大事なことは、このヘドロを、どうやってキレイにするかだ。同じことの繰り返しは、あってはならない。「犯人を捜しあてて、再発防止だ」なんて言っている場合じゃない。どのみち、同じ様には事態は発生しない。僕にも、こうなってしまった経緯は掴めないことがある。時々考えるのは、これはアメリカ文化の様々な変化が組み合わさったことが原因ではないか、ということだ。宗教への思いの希薄化、ケネディ大統領やキング牧師のような大人物の死、世代間ギャップのコンセプトについての人々の説明の仕方、そして年齢が上の人達は若い世代を焚き付けて、彼らと彼らの持つ性的なことへの関心につけ込んでいる。その結果、男女関係の在り方としての恋愛に対して、誠実さがなくなってしまっているんだ 

 

アンソニー、僕達は治療してくれる人が必要だ。こんなことを言うと君はこう思うだろう「ウィントン、分かりますが、僕はまだ修行中の身ですから(訳注:そんな大それたことを出来る身分ではない)・・・」数週間前に僕達がこのツアーに出発する時に、君に僕が言ったことを覚えているかい?音楽と人生について話さなくちゃ。だって結局は、この二つは一体だからね。考えてみて欲しい。僕の言ったこと、そして君が質問したこと、情報を吟味すること、自分自身をモニター出来るようになることまで。そう、これら全て、アンソニー、これら全ては、君が文化をどう治療してゆくか、に回帰する。患者さんは一人ずつ診てゆこう。まずは君自身から。アンソニー、君が守るべき大草原は、だだっ広いなんてことは有り得ないが、いく分か、不動産価値のある土地を自分のモノにしてしまえ。そしてそれを担保にすれば、狩りに行くための銃弾は十分確保できるだろう。ニューヨークに戻ったらまた会おう。 

 

さよなら三角、また来て四角(ドラム奏者のハーリン・ライリーが、いつもこう言っている)。 

 

 

 

 

10喜びに心は踊る 2003年9月28日  

 

(109ページ) 

 

親愛なるアンソニー 

ずい分時間をかけて色々な問題について話をしてきたね。これらの人生哲学のおかげで、脳ミソがイラついていることだろう。練習中は、いつも、あそこがダメだ、ここが良くない、ということばかり考えてしまう。必ず自覚しよう。「これはいいぞ」と思う気持ちが、演奏しようという気持ちを保つ、ということを。「これはダメだ」と思うものに目を向け続けるなんて、わざわざしないだろう?何かしら「これはいいぞ」がないといけない(ドラムのハーリンがいつも言う「ハエというのは、クソと同じように、ハチミツにもたかってくる」ということ)。ジャズのことについて言うなら、練習し上達してゆく上で、やるべきこと全てを通して、君がジャズのことで追い求めるモノは、いつだって「これはいいぞ」であるべきだ、ということ。それは、「上手になった!」と気付くこと。自己表現力に、演奏感覚に、サウンドに、君自身を反映し客席へ届ける力に、「上手になった!」を見出すことだ。見出せれば、素晴らしい気分になる。気持ちは昂り、嬉しくなって、自分が感じること、見えること、あるいは以前そう経験したことの数々を表現することができるようになる。その大半は、君にとっては未知の物であり、別の時空からやって来る。そういったことを伝える。楽器を通して音に反映させる。そうすれば、喜びもひとしおだ。 

 

(110ページ) 

ミュージシャンとしての喜びの源は、沢山あるよね。まずはお客さん達。君が様々な生活の場の中で見つけた喜びを乗せた演奏を聴きに来てくれている。それとバンドのメンバー達。君のすぐ傍で、彼らのみつけた喜びを乗せた演奏を知っている君の仲間達だ。そしてジャズの道を極める手助けをしてくれる全ての人達 - 先輩ミュージシャン達からファンの子供達、奥さんや彼女まで。彼らがしてくれていることは、必要なことなんだ。そして他の何を置いてもよく知るべきことなんだ、と認識しなくてはいけない。 

 

全国(アメリカ)の、比較的小さな街で本番があると、お客さん達が終演後に何時間も並んで待ってくれて、サインが欲しいだの、我が子の音を聴いてくれだのと、有り難いことに言ってくれる。そんな時いつも思う。こんな小さな町の人達までもが、僕達のことを知ってくれているんだなあ、とね。こういったことは、小さな街、あるいはサクラメントオレゴン州の州都)のような程よい規模の都市で、平日ど真ん中の水曜日の夜に、などという状況でも、チケットが売り切れだったりすることもある。ツアーで到着してから帰るまでの間中、食べ物ややお菓子のパイやクッキーを差し入れてくれたり、食事の用意をして下さる方達にも会う。町の名物グルメを、あれこれと勧めたいと思ってくださっている。ジャズは人を盛り上げる。いつまでも大切な思い出にしたい事との出会いの連続だ。 

 

(111ページ) 

 

数年前、トルコのイスタンブールで公演があった。ドラムのハーリン・ライリーと、あと2、3人が連れ立って、シンバルの工房を見学に行った。工房の外で皆でたたずんでいた時のこと。ご近所の男性が一人、立ち喰い処で、僕達がアメリカ人だと気づくと、近寄ってきて、宗教の話をしたいみたいな、要するに野次馬だね。通りの子供達がハーリンを指さして、マイケル・ジャクソンだ、とヒソヒソ言っていた。当時はトルコでは、アメリカ人と言えばマイケル・ジャクソンくらいしか知られていなかったからね。子供達の間ではね。 

 

そこは低所得者向けの団地の近くだった。女の子が一人、バルコニーにたたずんでいた。多分、13,14歳というところ。近所の方達が言っていた「あの娘は英語を話すよ。学校で習っているからね」。ということで、その娘は片言の英語で僕達に話しかけると、一旦その場から立ち去った。日が暮れ始めていた。少し経つと、その娘はまた現れた。通りへと降りてきて、やってきたその手には、何と、トルココーヒーを僕達のために用意してくれていた。しかもそれは、間違いなく、彼女の家にある一番上等な銀食器に淹れてあったんだ。コーヒーを注ぎ、僕達がご馳走になっている間、そこに控えていてくれた。心のこもった優しさが溢れていたよ。魂のこもったこの出来事は、演奏にも通じるものがあった。自分の持っているものを、他の人に差し出す。気に入ってくれるかどうかわからない。でも差し出す。この娘がしてくれたようにね。 

 

さて、それからバンドのメンバー達。彼らは全員、スゴイ連中だ。スゴイ連中と四六時中行動を共にすることは、その喜びも同じようにスゴイ。リズムセクションを紹介しよう。ハーリン・ライリーだろうって?彼とは長い付き合いだ。ベースのカルロス・ヘンリックッス。電光石火の男。ピアノのエリック・ルイス。一流の大先生。融通無碍の創造力の持ち主だ。 

 

(112ページ) 

 

それから、トロンボーンセクション。アンドリュー・ヘイワード。大きくてゴキゲンなサウンドは、魂を丸ごと癒してくれる。機敏で多角的な男、ロン・ウェストレイ。都会的な洗練さと、サウスカロライナの田舎魂の二刀流。地元での凱旋公演はすごかった!街の人皆が来ていた。南部のこのあたりの出身であるミュージシャンのファンには、僕はお目にかかったことがなかった光景:白人も黒人も関係なく集まっていた。すごい体験だった。 

 

サックスセクション。テッド・ナッシュ。彼と僕は同じ頃ニューヨークへやってきた。僕達の父親は二人ともミュージシャンだ。彼には、僕の一番上の息子達と年が同じくらいの娘さんが二人いるんだ。一点の曇りのない音楽家としての心意気、そして、人付き合いについても、相手をそのまま受け入れて仲良くなれる、という能力。これで皆から愛され、リスペクトされている。それとビクター・ゴインズ。大胆・怒涛の演奏。彼とは小学校のバンド以来の付き合いだ。当時8歳。共に楽器を吹いていて、今は40歳を少しこえて、共にスウィングし演奏を続けている。 

 

自分以外のミュージシャン達と一緒に演奏することは、かけがえのないことだ。こんなにも特別なものであるその訳は、彼らの年齢と出身が様々であることが挙げられる。ジョー・テンパリーなんかもそうだ。彼は70代。おそらく意識の高さはバンドで一番だろう。いつも一番最初に現れて、ウォームアップをし、僕に電話をくれてこう言う「儂のパート譜から先にくれないか」とね。ジョーは誇り高い男だ。多くの意味合いで、バンドの精神面での支柱だ。音楽を大切にする姿勢を僕達はリスペクトしている。彼の出身はスコットランド。いい加減さとは無縁だ。彼が演奏するのは、あくまでも音楽、それがジョー。誰にも崩されることは無い。 

 

(113ページ) 

 

こうして、仲間を愛することを、自分から望み、そして良い関係を作ってゆくことが必要だ。なぜなら、君一人の力ではどうにもならないのだから。僕はそのことを、マーカス・ロバーツから学んだ。一人ではできない。ジャズを演奏するということは、人との取り組みの中では最も人間関係の良好さが求められることだ、と言える。相手との距離は、物理的にも精神的にも、そして志向の面でも、近くなる。そしていつもハマってゆく。 

 

人生とはこういうものだ。そして僕達はそれにハマってゆく。身の回りの人々、そしてこれから出会う人々に、喜びを見出してゆく。年上・年下のミュージシャン達、様々な楽曲、人々の奏でるサウンド、コンサート会場へと入って行く人々が握り合う手と手、自分の楽器を高らかに鳴らす子供達の立ち姿、それを撮影する親御さん達。 

 

君はこれまで人生で経験してきた全てを覚えているだろう。僕も覚えていることがある。レッスンを受けに来た子供達の様子だ。みんな緊張していた。上手くなるかは彼らの思いのままだ。マーカス・ロバーツの最初の本番後の、彼とのやり取りは今でも覚えている。「さて、本番おわった~」。僕は言った「心配しないで、年末までに数え切れない位こなしてゆくから」。これって正に、ジャズのこと、そのものだよね。 

 

偉大なベーシスト、ミルト・ヒントン。本当に素晴らしい人だった。ウチの若手の、まだ10代のベーシストで、カルロス・ヘンリウスというのが、ミルトに会いたい、と言うので、僕はあと二人若手でバリバリのベーシスト、レジナルド・ヴィールとロドニー・ウィテカーを連れて車を走らせた。クイーンズ地区へ向かう道で迷ってしまい、結局到着したのは遅い時刻になってしまった。ミルトの奥様のモナさんが迎えてくれたけれど、「みんな、ちょっと着くのが遅過ぎちゃったわね。ミルトは寝てしまって起きないから、音を聞かせてあげるというのはちょっとね」。ところが、僕達に気付いたのか、ミルとは目を覚ましてくれたんだ。ベースを取り出すと、彼自身抑えが効かないと言わんばかりに弾きまくってくれた。ミルトは本当にスゴイ。一緒に来た3人もミルトと一緒に弾き出した。ミルトはベッドから出てきた。皆、叩きつけるように弾きまくり、歓声を上げた。ひとしきり演奏し切ったところで、ミルトは疲れて楽器を置かねばならなくなった。ミルトが亡くなったのはその出来事のすぐ後だった。90歳だった。 

 

マーク・オコーナーは我が国の偉大なバイオリニストであり、フィドラー(フォークミュージックのバイオリン奏者)であり、作曲も手がける。ある日の夜、僕達バンド一行は、彼のとある友人宅を訪れた。彼の二人の息子さん達、フォレストとゲイジもそこに居た。食事の後、彼は楽器を取り出すと、何曲も引いて聴かせてくれた。子供の頃、先生たちから教わった曲も弾いてくれた。息子さん達が彼を見つめていた姿を、君も見るべきだったなぁ。で、次の夜、彼は僕達とステージを共にした。本番中、セットしてあったマイクが落ちて、床に転がってゆくのを彼は目で追っていたけれど、演奏の手を離せないとして、演奏を止めなかったんだ。これは正にジャズのこと、そのものだよね。 

 

ジョン・ヘンドリックスはジャズボーカリストのレジェンド。80歳かそこらの彼は、僕達がオハイオ州で本番があった時、自分で2時間車を運転して駆けつけてくれた。2時間半の本番をこなした後、夜遅くにジャムセッションへと移動、僕達はぐっと体を起こして、彼をじっと見ていた。朝の3時半とかだったんじゃないかな。そして彼らは僕の方を見て、「さあ、もう1曲行こうぜ!」これは正にジャズのこと、そのものだよね。もう1曲行こうぜ。彼はいつまででも歌っていたそうだった。その後、彼はまた2時間車を運転して帰ったよ。 

 

(115ページ) 

 

僕達が感じた喜びを伝えたミュージシャン達、中には、ミルトやスイーツのように今はいないミュージシャン達、彼らに伝えたことを思い返している。どこかで、誰かが僕達とスイーツが一緒に写っている写真を持っていないだろうか。それから、スイーツが、いつだったか僕達がベイシーの曲のリハーサルをやっている時に来てくれた時のことを思い返している。後方の、トランペットセクションの席に座って、各パートを自ら口ずさみ、そして色々なミュージシャン達の話を聞かせてくれた。彼らの作品のこと、奥さんの浮気の現場を捕えたこと、様々なフレーズを演奏するのに使ったコトバ(吹き方)。話を聞いているうちに、僕達はまるで1930年代からタイムスリップしてきたカウント・ベイシー楽団の一員になった気分だったよ。1930年代といえば、そう、あの世界大恐慌のあった時代だ。そんな時代の記憶、そしてその頃の音楽の思い出が、いつまでも続いていた。 

 

また別の話。オーネット・コールマンの家に行った時のことだ。夜中の11時に家に着いて、そこから朝の4時まで吹きまくってしまったよ!いつまでもそこに居たい気分だったね。 

 

演奏活動をしている喜びは、君自身の人間としての経験の中に芽生えてくる。のことだったりね。そう、そこは外せない。何せそれだって喜びの一部、いや、もしかしたらそれが全てかも、と言うくらいだから。音楽の修行道は孤独だ。そして音楽とは、非常にロマンチックであり、快楽の追及でもある。音楽を通して、君は目に見えないものに形を与えてゆく。心の干・満や上昇・下降、色恋沙汰も多くある。音楽の演奏というのは、性的エネルギーを沢山費やすものだ。そして、そういうのは、ゆっくりな曲ばかりではない、ということだ。男(オス)として、女(メス)として、それぞれのエネルギーを沢山費やすものだ。僕達男のミュージシャンにとっては、人生で最高のギフトは、女にまつわることかもね。別に性的なことばかりを言っているワケじゃないぞ。これは大事なことなんだ。何せそれは、音楽の一部であり、人生を紐解くことの一部であり、もっと単純に言えば、物事がバラ色になるものだから。もっとも、正しく「バラ色だけれど裏腹な闇」があったりもする。それが分かっていなければ、何も演奏なんてできないよ。 

 

(116ページ) 

 

ミュージシャン達にとっての困難、それは家庭と仕事とのバランスだ。これはほぼ不可能と言っていい。四六時中頑張ろうと思うなら、どちらかを選ぶか、それとも奥さんを納得させるか。まぁ、簡単じゃない。でも中途半端では一流になれないし、起こり得ない話だ。プロなら皆がしてきた選択だ。中途半端は有り得ない。選べるものならそうしたいが、多くは諦めて、家庭を選んだ。 

 

僕はこういうのは「取引」だとは思っていない。ジャズでやっていこうと思ったら、全てを犠牲にすることになるだろう、ということは自覚していた。そして実際そうした。知っての通り、僕は今、子供達をツアーに同行させている。彼らにとってっは異常な状況だ。でも後になって、きっと貴重な体験をした、と振り返ることになる。僕としては、意識して、これが異常な状況だということを、彼らが理解できるようにしてあげている。敢えて、隠すようなことはせずにね。僕の子供達、そして他の連中の子供達を同行させること、それ自体は、喜びがそこに在る。というのも、僕達もそうやって育ってきたからだ。ツアーに同行したわけではないけれど、僕達の親も音楽をしていた。音楽は生活の一部と言うやつだ。ミュージシャンの世界では、甘やかしは有り得ない。割り切った考え方をする。ついてこれないなら、ついてこれるようにしないといけない(ヒドイもんだよな)。 

 

(117ページ) 

 

僕の子供達が、僕以外のメンバーと知り合いになってくれることは、とても好ましいことだ。ハーリン・ライリーやウィクリフ・ゴードンといった連中と、僕の子供達が顔見知りなんて、スゴくないか?二人の子供達の内の一人は、まだ小さかった頃、ジョー・テンパリーがバスクラリネットを吹いている隣に座っていたんだ。その子はクラリネットはやっていないけれど、ジョー・テンパリーだの、ヴェス・アンダーソンだのといった、心も技も優れた連中と僕の子が顔見知りだってことが、僕は嬉しい。僕の息子達は、ミュージシャンに将来なる必要はないと思っている。大変な仕事だからね。自分達で選んだ道を歩いて行って欲しいと思っている。彼らにはいつも、自分の人生は自分のものだから、と言って聞かせている。親として、これが最善のもってゆき方だろう。僕が彼らの面倒を見るのは、自分がそうしたいからだ。見返りなんて、考えるはずもない。といっても、これって、人への愛情、あるいは人生のこと全般について、心底納得するのが一番困難な悟りだろうね。 

 

僕だって若い頃は、こういう考え方は理解できなかった。それで心が傷ついたことがある。僕の思い込みだったのだけれど、兄貴が僕を裏切って見捨てた挙句、ポップミュージックへと走ってしまったことがあった。今だったら、彼の立場に立って理解しようという気は、勿論ある。どうしてそうすべきでなかったのかを、僕の思い込みとか混乱した精神状態とかを抜きにしてね。僕は学習したんだ。自分以外の人間に、何かを押し付けてはいけない。その人を愛するなら、なおのこと。相手が自分らしくさせてあげないといけない。愛は取引でも交換でもない。といってもこれは大変なことだ。何せ、人間関係における「お約束」の大半が基づくのではないか、という概念は、「私はこれをするか、あなたは、あれをしてよね」だろう。でも人間とは、自分の子供、兄弟姉妹、あるいは友人達、みんな自分の生活や強い希望を、それぞれ持っているものだ。僕は自分の子供達に対しては、自分の期待を押し付けないようにしている。ただ、君は自分の子供達に、学校の成績だの何だのと言って、期待を寄せなればならなくなったとしても、彼らが自分らしくしていられる自由を与えて、彼らが喜びを感じてドキドキすることを、追い求めさせてやることが、大切なんだ。 

 

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常に、その喜びや甘美さを追い求めよう。一人引きこもって、否定的(ネガティブ)な思い込みで物事に取り組まないようにしよう。ここまで君と僕とで話し合ってきたことの中には、「世の中いつもこうなのか?!」と思わせるようなこともあったと認識している。ウソッパチのオンパレード、破壊的な行為、自分の成すべきことをしない連中。ところが実は、こういったことについて話し合うことで、君の考えに肯定的(ポジティブ)な影響を与える知恵を見出す手助けになるんだ。そういう知恵を創り出してゆこう。それがジャズの道を歩いてゆく君を元気づけてくれるだろう。生きることは、肯定的(ポジティブ)な体験なんだ。ブルース形式が、そう教えてくれている。だからこそ、ブルース形式は存在し続けるし、多くの音楽に取り入れられているんだ。世の中で、そして君の身の回りで起きた全ての辛い出来事、にも拘らず、君は健在だ。そして節度を持って自分の音楽を、今なお表現することが、ちゃんと出来ている。これって、悲しみに涙しないように、敢えて笑顔でいるのと同じ。そして、胸の高鳴りと言うやつを、いつも持ち続けること。音楽も、ジャズも、全てはドキドキするものであるべきだ。丁度君が初めて女の子とスローダンスを踊った時のように。ひたすら体を押し付けて、訳が分からなっくなって、その子の中で、ゴソゴソ這いつくばっているような気分。それでも止めたくなくて、気持ちが高まったり、萎えたりしながら、ひとつになろうと頑張る。予測不能、目まぐるしい変化、人と関わって物事に取り組むとは、そういう気分だよね。それでも測り知れない喜びがそこにある。そして今、この瞬間も、君はそれに取り組んでいる。大いに楽しむがいいさ。だって同じ経験は二度は有り得ないのだから。それがジャズ。 

 

いい夢見ろよ。 

 

 

 

 

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著者・編集者紹介 

 

ウィントン・マルサリスリンカーンセンター芸術監督(ジャズ)、演奏家、教育家、作曲家 

 

ニューオーリンズ出身。6歳の時、ジャズの大家、アル・ハートから、最初の楽器(トランペット)を譲り受ける。高校在学中はジャズとクラシックの両方を学び、ジョン・ロンゴ、ノーマン・スミス、ジョージ・ヤンセン、ビル・フィールダーの各氏に師事。卒業後、ニューヨークのジュリアード音楽院に進。ブロードウェイではスティーブ・ソンドハイム作「スウィーニー・トッド」上演に際し、オーケストラにてトランペット奏者として参加。また、ブルックリンフィル―ハーモニックのメンバーにもなる。クラーク・テリー、ロイ・エルドリッジ、ハリー・”スイーツ”・エジソンディジー・ガレスピーといった、ジャズの先輩大御所達に師事し、共演。名ドラム奏者、アート・ブレイキーと定期的に共演を始め、後にブレイキーの主宰する「ジャズ・メッセンジャーズ」に1年半参加。これまでに(訳注:2005年迄)、グラミー賞をジャズ、クラシックの両部門で計9回、アーティストとしては唯一、5年連続で同を受賞(1983年~1987年)。1997年にはアフリカ系アメリカ人奴隷制と自由解放を描いた、音楽史上初のジャズオラトリオ「ブラッド・オン・ザ・フィールド」の作曲により、ピューリッツァー音楽賞を受賞。 

 

セルウィン・セイフ・ハインズ:作家、ジャーナリスト。「Source」誌編集長、エグセクティブエディターを歴任。プリンストン大学卒。 

これまで数々の受賞歴を持つ名作家。2002年、回顧録「Gunshots in My Cook-Up」を執筆、批評家達の絶賛を受ける。「Vanity Fair」「Spin」「Vibe」「USA Weekend」そして「Village Voice」(ハインズ氏のキャリアの出発点)などに、記事や評論が掲載される。ニューヨークのブルックリン在住。 

 

この本はフォーニエールを印字体として使用しています。フォーニエールはピエール・サイモン・フォーニエールという、フランスの印刷業の一族の末息子の名前です。ピエールは木片刻印、サイズの大きな大文字体、そして活字制作へと事業を拡張してゆきます。1736年には自身の鋳造工場を設立し、活字のデザインにいくつかの重要な貢献を果たします。彼自身が考案したアルファベット字体は147種類といわれています。フォーニエールと言って一番に挙げられるのは、彼自身がデザイナーとなった「St.Augustine Ordinaire」でしょう。後にモノタイプのフォーニエールのモデルとなり、1925年にリリースされています。